第5章 神様選挙が始まる!
 セレブレイトと公園で出逢って二匹の旅が始まってから、どのぐらいの時間が経ったのだろうか? すごく時間が経ったような気もするし、まだ一瞬しか経っていないような気もする──そんなはっきりしない思いを抱えながら歩くソラの前方に、ドーム型の巨大な建物が見えてきた。
 その建物は、天井が半球上に──そして壁も丸くなっていた。その上、とてつもなく大きい。ソラが未来達と暮らしていたマンションの何十倍、いや、何百倍あるかもしれない。
「セレブレイトさん、何あれ?」
「あれが『神様選挙の会場』だ。俺達のゴールさ」
「えっ! あんなに大きいの?」
 ソラの驚きを見下すかのようにセレブレイトは横目で一瞥して、さらりと答えた。
「当たり前だろう。地球上にかつて存在した『すべての動物達』が集まるんだ。あのぐらい大きくなくちゃ、収容出来ない」
「すべての動物達? それって『生き物すべて』ってこと?」
 ソラの脳裏には、テレビに出ていた「巨大な生き物」が過ぎっていた。獰猛で、身体が大きくて、すごく強い生き物。未来が興奮して「ティラノサウルスってすごい恐竜だね」って叫んだのを覚えている。
 セレブレイトにソラの思いが伝わったのだろうか、しばらく足を止めたがこう低く呟いた。
「神様選挙に、『人間同様、獰猛な生物』は参加出来ない。お前は知らないだろうが、恐竜は長いことこの地球上でのさばっていたのさ。……もっとも、身体は小さくても地球の資源や自然を荒らしまくる人間に比べたら、恐竜なんざ遙かに可愛いもんだがな。地球の生命体において、人間ほど身勝手でエゴイストな動物はいないさ」
 吐き捨てるように言うと、再び歩き出した。
 会場に近くなると、たくさんの動物達がゲートに向かって連なっているのに気がついた。昆虫や小動物なども含む、千差万別の生物たちがひしめき合っている。
 あまりに壮大な出来事を前にして、ソラは辺りを見回すだけで精一杯だ。様々な大きさをした動物達が、まるで吸い寄せられるようにしてゲートに向かってゆっくり歩いているのだ。
 大きな体のキリンや象に踏みつぶされそうになりながらも、ソラは必死に動物達の間を縫っていた。ちょこまかと一生懸命小さな足を交互させながら、セレブレイトに話しかける。

「ねぇ、セレブレイトさん。こんなにいっぱいの動物達、みんなどこから来たの?」
「この世界は、行きたいと思えばどこへでも行ける。だから、どこから来たかなんて、誰にも『わからない』」
 抽象的な答えに、ソラはわかったようなわからないような、複雑な表情だ。
「ちなみに、セレブレイトさんはどこから来たの?」
 セレブレイトは僅かに首を傾け、ソラを一瞥した。
「だから『わからない』って言っただろ! ここは『どこへでも行ける』し『どこからも来られる』。そうである以上、『どこから来たか』なんて質問自体、成立しない!」

 ソラはくしゃっと顔を歪めた。どうやら、自分の理解力でこの世界をわかろうとすること自体が無理な話なのかもしれない――そんなふうにも思う。
「ねぇ……。じゃぁ、ここはどういうところなの? 見たところ、動物だけしかいないようだけど。ここは動物の世界なの?」
「そうだな。その答えは正しくもあり、正しくない。あえて正確に答えるとすれば――『恨みを残した動物達の世界』だ」
「恨み?」
「そうだ。俺達は『嘆きの都』と呼んでいる」

 ソラは周辺の動物達を見回した。みな、前方をしっかり見据え一歩一歩踏みしめながら進んでいるも、その瞳はあまりに静かで、怒りや恨みを持っているようには到底思えなかった。
「セレブレイトさんにも、恨みがあるの?」
 しばらくの間、セレブレイトは何も答えなかった。だが、急に顔を顰めると横目で睨み付ける。
「――さっきからゴチャゴチャとうるさい奴だ。俺と一緒に来たいなら、これ以上無駄口を叩くな!」
 ソラはぐっと言葉を呑んだ。仕方なく、黙々と歩くことに専念する。しばらくの間、二匹の間には沈黙が続いた。

 どれぐらい歩いただろうか。時間の感覚がないせいで、よくわからない。その上、周囲は大型動物に囲まれているせいで、どんなにソラが背伸びしても周りがどんな景色なのか見えなかった。だが、かなりゲートに近づいてきたような気はする。
 やがて前方から「はい! 順番に、順番に! 押さないで、押さないで!」と声が聞こえてきた。どうやら、ようやくゲートに到着したらしい。近くなるにつれ、四列五列に広がっていた列は、二列に整理された。ソラとセレブレイトは二匹並んで、ゆっくり前方に進んでいった。
 ゲートを形どるアーチ型の門は、様々な動物達の彫刻が施されている。思った以上に荘厳な建物だが、一体いつこのようなものが出来たのか、ソラはよくわからなかった。ゲート脇には台が置かれており、その上に二匹の「マントヒヒ」が動物達の列を挟むように向き合って座っている。忙しそうに声をかけあいながら、少しでも早く誘導を済ませようと躍起になっている様子だ。次々と手続きが終了し、ついにソラ達の番となった。

「はい、名前言って!」

 勢いよく尋ねられ、ソラは即座に反応出来なかった。フリーズしたままのソラを確認しようと、マントヒヒが目を向けた──その時。

「──んんん?」

 マントヒヒの目は、ソラの隣に立つセレブレイトに注がれていた。やがて「おお!」と声をあげて、マントヒヒが目を見開いた。
「こ……こりゃぁたまげた! あんた、あの有名な『セレブレイト』だね!」
 マントヒヒの驚きように、ソラはセレブレイトを振り返った。セレブレイトは相変わらずむすっとした表情で前方を見据えているが、マントヒヒの態度や公園にいた野良猫達の動揺から見るに、セレブレイトにはかなりの知名度があるのが分かった。
 ──セレブレイトさんって……すごく有名なんだ……。
 そんなセレブレイトと一緒にいる自分が、少しだけ偉くなったような気がした。
「どうだね? 『猛霊達の悪さ』は、まだ相変わらずかいな?」
 マントヒヒの問いに、セレブレイトは「フン」と鼻を鳴らした。
「――相変わらずどころか、どんどん酷くなる一方だ」
 吐き捨てるような答え方だが、マントヒヒは体を揺らして「ヒャヒャヒャ」と笑う。
「あんたみたいに、霊力の強い猫がいてくれて助かったよ。でなけりゃぁ、この世界も猛霊どもに呑み込まれちまうからな。……ンで、一緒にいるおチビは?」
 マントヒヒがしわくちゃな顔をソラに向けた。ソラはびくっと身を震わせてから、小さく「……ソラ」と呟いた。
 ソラが答えた後、マントヒヒは身を乗り出してソラを食い入るように見つめた。しばらくしてから「ほうほうほう!」と頷いて、手を顎に宛てる。
「こりゃぁ珍しい! また生身の動物がやってきた。あんたでもう『四匹目』だよ」

 マントヒヒの言葉は、ソラをとても驚かせた。
 それと同時に、「自分以外に同じ状況の仲間がいる」と思えることが心強かった。
「四匹……? 僕以外にも、生身で来た動物がいるの?」
「おお、そうとも。他の奴らはみんな、もうドームに入ってる。まぁ、時間があったら探してみぃ。すぐわかるはずだから」
 そう言いながら、マントヒヒはリストに何かを書き込んだ。サラサラとペンを滑らせる気持ちのよい音は聞こえるが、何を書いているのかはわからない。
「はい、チェック終了! 中入っていいよ。もうすぐ始まるから、急いでね」
 そう言って、マントヒヒは手を突き出して先に進むよう合図する。ソラ達はそのままドーム内へ足を踏み入れた。

 中に入ると、そこは大きな円形の講堂だった。最初から動物達用に造られているようで、椅子のようなものはない。小動物用のスペースや、大型動物用のスペースなど、きちんと区分されている。配慮の行き届いた講堂を見回し、ソラは首を傾げた。
「これ、一体誰が作ったの?」
「――さぁな。気が付いたらここにあった」
「それまで、工事もしてなかったの?」
「この世界に工事なんてものはない。必要であれば、突如現れる。この講堂みたいにな」
 そう言って、セレブレイトは指し示すように首をぐるりと廻した。
 どうやら、この世界では「何かを作成する為のプロセス」なるものが存在しないようだ。必要とあらば、即座に現れる――しかし、その便利さを理解出来る程、まだソラはこの世界に慣れていなかった。

 セレブレイトに導かれ、ソラは「中型動物用」と書かれたスペースに入っていった。手すりから顔を覗かせると、講堂の全景を見渡すことが出来た。
 円形になった講堂は、大勢の動物達がひしめきあっていた。その中央は窪んでいて、スポットライトがそこに集中している。机が置かれているところを見ると、誰かが演説をするのかもしれない。横にある垂れ幕には「第?回 神様選挙説明会」と書かれていた。
「『第?回』って、どういうこと?」
「誰も、この選挙が何回目なのかわからないってことさ」
 セレブレイトがこともなげに答えた。
「わからなかったのに、どうやって始められたの?」
「直感が知らせてくれたのさ。そろそろ、世代交代の時期だってね」
「世代交代?」
 ソラがそう尋ねたと同時。
 カンカンカン、と小槌の音が響き渡った。

「静粛に! 皆様、静粛に!」

 声がした方を振り返ると、そこには立派な角をしたカモシカが二本足で立っていた。仰々しい教皇のような衣装を身に纏い、「おっほん」と咳払いしてから徐に語り出す。
「え――、本日はお忙しい中お集まり頂きまして、誠にありがとうございます。わたくし、議事進行を勤めさせて頂きます、司会の『バロン』でございます」
 バロンは深々と頭を下げた。同時に拍手が湧き起こる。
「皆様もご存知のように、ついに、ついに、つ――い――に! 『神様選挙』が開始されます!」
 その声と同時に、動物達は一斉に声をあげた。みな姿勢を前倒しにし、拳を振り上げ、口々に叫ぶ。

「人間を殺せ!」
「人間を滅ぼせ!」
「人間に復讐だ! あいつらに思い知らせろ!」

 繰り返される罵声に、ソラは目を見開いた。同時に、セレブレイトの言っていた言葉が脳裏を過ぎる。

 ――恨みをもった動物達の世界って、こういうことだったのか。

「静粛に! 皆様、静粛に!」
 再び「カンカンカン」と音が響いた刹那、講堂はいっせいに静まりかえった。
「皆様の怒りはもっともです。人間は、前回の『神様選挙』における公約を無視して、我がもの顔で振る舞いました。その結果、この星は深刻な環境破壊に陥れられ、多くの動物達が絶滅の危機に瀕しています。このまま奴らに我々の星――地球を任せたままでは、地球は近いうちに滅んでしまうでしょう。その抜本的な解決こそが、これからの世界を見守る『神様』に託されるのです!」

 地鳴りのような歓声があがった。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 バロンは何度も頭を下げる。
「ではここで、『神様選挙開始』にあたって、我々動物を代表する百獣の王ライオン様から、祝辞の言葉を頂きます! ライオン様、どうぞ!」
 舞台中央に立つライオンに、一斉にスポットライトが当たった。雄々しいたてがみを靡かせ、ライオンはその場に佇んでいる。講堂内ではあちこちから「いいぞいいぞ!」と声があがり、口笛を吹く者までいた。
 ライオンは徐に両手をあげ、こう叫んだ。

「人間の罪は重い!」

 ライオンの言葉に、ソラはハッと息を呑む。
「人間の功罪は、いくら挙げてもキリがない! 奴らは、自分達がもっとも優れていると思い込んで、我々生物の頂点に自分達をおき、やりたいように生きてきた! この星があたかも自分達の所有物であるかのように、勝手し放題生きてきた。その結果がどうだ! 自業自得とも言うべき環境汚染に、戦争、略奪。だが、しかし! そこに巻き込まれるのは、我々動物であり、森であり、山であり、自然なのだ! 人間はこの星に不要だ! 我々が神となって、世界を征服するのだ!」

 ソラは目を見開いた。ライオンの言葉は、ソラが夢の中で聞いた言葉と同じだったからだ。
 ――あの夢は、このことを予知していたのか。

 再び歓声があがった。多くの歓声が轟く中、サイが腕を振り上げて叫ぶ。
「新しい神になった種族は、人間どもを全員殺せ! そうすれば、平和が戻る! そうすれば、緑が蘇る!」
「そうだそうだ! あいつらは自分達の戦争を繰り返すばかりで、燃えていく山や森のことは何も考えていない!」
 そう叫んだのは熊だった。そう言えば、山林の破壊が進み居場所を失った熊たちが、民家を襲うようになったと聞いたことがあった――ソラは、漠然とそんなふうに思い返す。
「おいら達にも言わせて!」
 甲高い声が響き、みなが一斉に顔をあげた。空中を、不自然なほど背骨の曲がった鯉が泳いでいる。
「あいつら、平気で廃水を流すもんだから、その水でみんなこんなふうに背骨が曲がっちゃうんだ。おかげでおいら達のいた川には、まったく魚が住めなくなったんだよ」
「そうだ! すべては人間のせいだ!」
 バッファローの呼びかけに、動物達が一斉に立ち上がる。

「人間を消せ!」
「人間を殺せ!」
「人間を滅ぼせ!」

 ソラは愕然とした。
 今、目の前にあるような途方もない怒りを、ソラは感じたことがない。それどころか、ここまで激しい感情の渦を目の当たりにしたことなど、一度もなかった。あまりの気迫に、恐怖さえ感じる。

 再びバロンが、カンカンカン……と小槌を鳴らした。
「静粛に! ――オホン。では、今から『神様選挙』で新しく神になった場合の契約を申し上げます」
 バロンは両手で巻紙を差し出すと、徐にそれを開いた。

「え――、その壱。『神になった種族は、全生物の頂点に立つことが出来る』。その弐。『神になった種族は、自分達種族以外の神を崇拝する者を罰することが出来る』。その参『神になった種族は、唯一生物を裁く権利を有する』――」

 バロンが項目を読むごとに、動物達は一斉に歓声をあげる。
 しかし、どうにもソラには納得が出来なかった。今ここで挙げられている項目は、すべて神となった種族の優越性を唱えるばかりで、何の解決にもなっていないのではないか――そう思ったソラは、隣にいるセレブレイトに話しかけた。

「ねぇ、この項目おかしいよ。この状態で他の動物が神様になっても、人間と同じ過ちを繰り返しちゃう……」
 セレブレイトはソラが言い終わるより早く、ギロリと睨んだ。
「……それ以上の軽口を叩くな。ここにいる奴らに、引き裂かれたくなければな!」
 ソラはぐっと息を呑み、再び視線を前方へと戻した。演台では、バロンが十の項目すべてをあげた後だった。動物達は歓喜にあふれ、訪れるだろう希望に祝杯をあげた。

「人間に罰を! 我ら動物に栄光を!」
 動物達は勢いづき、繰り返されるシュプレヒコールはやがて合唱へと変わった。ソラが何度も聞いたフレーズが、講堂一面に響き渡る。


 人間滅ぼせ ヘイヘヘイ 

 奴らを蹴散らせ ホウホホウ

 我らを殺し、世界を殺した 

 人間を消せ ヘイヘヘイ 


 人間を殺せ ヘイヘヘイ 

 奴らは敵だ ホウホホウ 

 地球を殺し、未来を殺した 

 人間に罰を ヘイヘヘイ


 ソラはただただ、為すすべなく呆然と見つめるだけだ。
 しかし同時に、哀しくもあった。
 動物達が言うことも、確かに一理あるのだろう。だけど、それがすべてではない。人間達の中には自分達の行為を反省し、少しでも森や自然を復活させようと頑張っている人達もいる。パパのように、森や野生動物を守る為必死に働いている人もいる。ごく少数かもしれないけれど、そんな人達がいる以上、人間全員が敵なわけではない。
 ソラは堪りかねて手すりの上に登った。
「馬鹿、よせ!」
 ソラが何をしようとしているのか勘づいたセレブレイトは、即座に飛び出したが──間に合わなかった。

「みんな、聞いて!」

 瞬時に静寂が訪れた。動物達は振りかざしていた拳を中途半端な位置で止め、一斉にソラを注目する。

「人間全員が悪いわけじゃないよ! 僕達動物のことを、必死に考えてくれる人達だって大勢いるんだ! みんなが、僕達の敵なんかじゃない!」

 ソラの必死な訴えは、みなの怒りを沈静させるどころか、逆に油をそそいでしまった。多くの動物達が、ほぼ同時にソラを罵る。先頭をきって、サイが嫌悪感露わに叫んだ。
「うるせぇぞ、このクソガキが! てめぇら『犬コロ』は、所詮人間に守られてる存在じゃねぇか。人間がいなけりゃ飯も食えねぇただの腰抜けだ。てめぇのような弱虫に、未来を決める大事な選挙に口出しなんかさせねぇぜ!」
「そうだ、そうだ! 俺達が食べものに飢えて民家に降りた時、犬が人間に飯をもらっていたところを見たぞ! 俺達が飢えかけてるってのに、お前ら犬はのうのうと飯にありついていた! 恵まれているお前らに、俺達の気持ちなんかわかるはずがない!」
 熊が叫んだのを皮切りに、動物達はいっせいに叫びはじめた。中にはソラに襲いかかろうとする動物もいる。
 勢いで叫んでしまったものの、ここまでの騒ぎになってしまって、どうすればいいのかソラにはわからなかった。怯えたようにただ立ち尽くしていた、その時。

「皆様、静粛に! 静粛に!」

 バロンが制した。その声に反応して、動物達は中央に向き直る。
「え――、皆様が仰りたい意見は多々あるかとは存じます。しかし、今ここでそれを発散させたところで勿体ないだけです。それらの怒りを抱えたまま、一週間後に行われる神様選挙で思いのたけをぶつけようじゃありませんか!」
 バロンの呼びかけと同時に、ドーム内は全体が揺れ動き、拍手と足踏みが轟いた。みな口々に「我らの時代だ!」「地球を取り戻せ!」と叫び続け、辺りは騒音の渦と化した。
 そんな中、ソラだけが呆然と立ちすくんでいた。
 ソラの背中を、ポンと誰かが叩いた。振り返ると、視線の先にセレブレイトがいる。セレブレイトの表情からは、ソラへの怒りなど微塵にも感じられない。むしろ、慰めるような優しさを感じた。
「……セレブレイトさん」
 今にも泣き出しそうな表情で、ソラが呟いた。
「今のうちだ。外に出るぞ」
 そう言うと、セレブレイトは顎先で背後の扉を指し示した。

* * *

 
 セレブレイトに連れられ、ソラはドームの外へと出た。とぼとぼと俯いて歩くソラを振り返り、セレブレイトが声をかける。
「もう忘れろ。お前のような子供が太刀打ち出来る問題じゃない」
「――でも、このままだったら、人間は滅ぼされてしまうよ」
 セレブレイトは「フン」と鼻を鳴らした。
「自業自得だ。講堂にいた動物達はみな、人間に殺された奴らばかりだ。あいつらの怒りのエネルギーは並大抵じゃない。そういったエネルギーが時折『猛霊』となって、悪さを繰り返す程だ」
「もうりょう……?」
「『動物達の怒りが集団となって、ひとつにまとまった霊』のことだ。あいつらは無差別に暴力行為を繰り返す。この世界に留まらず、人間達の世界を襲うことだってある程さ」
 ソラは、先程の公園でのやりとりを思い返していた。そう言えば、セレブレイトは「公園を猛霊から守っている」と言っていた。
「猛霊は、今も未来ちゃん達の世界に行ってるの」
「ああ。あいつらは自由自在に往き来出来るからな。理由もわからない天変地異や自然災害は、大方にして奴らの仕業だ」
「――そんな! 止めなくちゃ!」
「無理だ」
「どうして?」
「さっきも言っただろう。猛霊達は、人間に殺された動物達の霊が集団化しているんだ。言ってみれば、人間があいつらを殺さなければ、猛霊だって生まれなかった。奴らは自分達のした行為の結果を、受けているだけに過ぎない。自業自得だ」
「でも、だからといって――未来ちゃん達は悪くないよ! 未来ちゃん達だけじゃない。いい人達だって、大勢いる!」
「猛霊達にとって、善人も悪人も関係ない。あいつらにある思いは、『人間に酷いことをされた』――その恨みだけだからな」
 ソラは目を見開いた。
 目の前に立つセレブレイトは、冷静な瞳をソラに向けている。黄金色の瞳は、どこかソラの思いに同情を抱いているようにさえ感じた。
 確かにソラは、人間に飼われた存在だ。人間がいなければ、きっと生きていくことが出来ないだろう。だけど――だからといって人間だけに味方しているつもりはない。もしも公平に物事を見るとしたら――それは、人間を滅ぼすことが答えではないと、そう思えた。

「僕……、何としてでも守りたい。人間を、守りたいんだ」
「――やめておけ」
「どうして!」
「人間は所詮、勝手な生き物だ」
「そんなことないよ! 僕の友達の未来ちゃんは――」
「いいか、小僧!」
 セレブレイトが声を荒げた。
「そうやって、一部の人間だけをみて全体を判断するのはやめろ! 貴様はただ単に、今の飼い主にもらわれてラッキーだっただけの話だ! お前みたいな奴は、動物の中でほんの一握りに過ぎない。多くの動物は、人間達によって辛い目に遭わされて来たんだ」
 そう言ってから、セレブレイトはソラの目を見る。どうにもならない思いを抱えているせいか、ソラの瞳には涙が浮かんできた。

「……お前に、俺の過去を話してやろう。人間が如何に残酷な生き物なのか、もな」

 そう言って、セレブレイトは深く息を吸った。その後、徐に語り出す。
「――もう、ずいぶんと昔の話だ。俺は高額でペットを取引しているブリーダーから、ある夫婦の元に金で受け渡された。俺にどのぐらいの値打ちがあったのかなんて、そんなことはよくわからない。だが少なくとも俺を買った人間は、ある種の誇りを感じていたようだ。くだらん誇りを、な」

 ソラは腑に落ちるものを感じた。確かにセレブレイトは、他の猫達とは比べものにならない程気品に溢れている。毛並みも美しく、黄金色の瞳は気高い光を放っている。しかしそれは右目だけで、左目は額から頬にかかる大きな傷によって塞がれてしまっていた。
 これほど優雅で美しい容姿を持つセレブレイトが、片目になる程追い詰められた経緯がどれほど悲惨なものだったのか、想像するに難くない。

「飼い主は、俺を『セレブレイト』と名付けた。俺を買った理由が、二人の結婚を記念してのことだったからだ」

 ――セレブレイト。
 意味は「祝福」。

 本来であれば、どれほど華々しい未来が待っているのかと期待をかけたくなるような名前である。しかし、セレブレイトの短い生涯は、その名前とは裏腹な程、波乱と哀しみと、そして絶望感に染められたものだった。
神様選挙 - 最初のページに戻る
(C) 2012 Yura Shinozaki All rights reserved.illustration&design by alkasizen