第7章 神様って、どんな人?
 暮れることなどないと思っていた空が、気が付けばすみれ色に染められていた。夜の帳(とばり)が辺りを包みこんでも星の輝きはどこにもなく、薄墨色のヴェールが低く垂れ込めているだけだった。

 どこかでフクロウが鳴いている。ホー、ホー……という声が静寂(しじま)に染みこみ、聞いている者の心に言いようのないもの悲しさを残したまま遠ざかっていった。
 ソラは公園のベンチに座ったまま、ぼんやり空を見上げていた。時折吹く風に樹々の葉はざわざわと揺れ、その後には水を打ったような静寂が続いた。寒々とした空間は、ソラの心に途方もない孤独感を刻み込む。
 ソラは、哀しみに暮れていた。為すすべなく、ただ小さく溜息を吐く。

 ――セレブレイトさん、可愛そう……。

 ソラは、セレブレイトから聞かされた身の上話に心底同情していた。あれほど人間から酷い目にあえば、人間が信じられなくなるのも当然のことだ。セレブレイトに向かって「悪い人ばかりではない」などと言うことさえはばかれる程、ソラはセレブレイトの気持ちを汲み取っていた。

 だからこそ。
 だからこそ、ソラは直に「セレブレイトを未来やパパに会わせてあげたい」と、そう思った。

 人間に一度疑いを持ってしまった以上、その疑念を晴らすのに言葉では役不足だろう。実際人間と触れあってみることこそが、一番の最善策なのだとソラには思えた。
 ソラからすれば、未来やパパを知っている以上、「人間すべてが悪い」なんて到底思えない。それどころか、自分達動物と人間も、実は大差がないのではないかとそう思える。人間のやってきた行為が動物達を虐げたのなら、今、動物達が行おうとしている神様選挙だって同じように人間を虐げる結果に繋がる。それでは何の解決にもならないと、ソラには思えた。

 ――もっと、違う解決方法があるはずだ。

 ソラは、何とかして未来達を始めとする人間を救う手立てはないかと必死に考えた。
 しかし、例え思いついたところで、講堂にいた動物達はみな人間を滅ぼすことだけに夢中である。ソラの言い分に耳を貸してくれる様子など、微塵にさえない。
 この世界の中で、ソラは孤立していた。誰も、人間達と手をとりあう未来を描こうとさえしていないのだ。
 ぼんやりと見つめる景色が、涙が浮かぶと同時にじわりと滲んだ。込み上げる哀しみを堪えきれず、ソラは天を仰ぐ。
 もうすぐ、神様選挙が行われる。
 新しい神様が決まったら、人間は滅ぼされてしまうのだ。
 そんな世界になったら、ソラはどうすればいいのだろう。大好きな未来達を失った世界で生きていくなんて、ソラには耐えられない。出来ることなら、今の神様にそうならないよう、人間を守って欲しい――。

 ――今の神様?

 ソラは、ふと疑問に思った。

「そういえば――『今の神様』って、どんな人なんだろう?」

 説明会の席で、バロンはこう言っていた。「人間が神様になったせいで、この星は滅亡の危機にある」と。
 だとしたら、今の神様というのもやはり人間なのだろうか?
 仮にそうなら、それは一体どんな人物で、どこにいるというのだろう――?

 一度考え始めた途端、まるで芋づるのように様々な疑問が湧いてきた。
 大体、「今の神様」は、ここで起きていることを知っているのだろうか? もし知らないのであれば、それを教えてあげることで人間を守ってくれるのではないだろうか? 人間の神様である以上、同じ種族である人間に不利益なことは避けようとするに違いない!

 そう思いついた瞬間、とてもいいアイデアが浮かんだように感じた。
 そして、考えれば考えるほど、そのアイデアしか人間を救う手段がないように思えてきた。
 僅かな可能性かもしれないが、それに賭けるしかないというのなら、ソラは踏み込む勇気があった。未来達を救いたい一心で、ソラの決意が固まりつつあった――その時。

「ホウ……。おぬし、生きたままこの世界に連れて来られたな」

 突然話しかけられ、ソラはびくりと身を震わせた。瞬時に声がした方を振り返る。
 視線の先には、太い枝に行儀良く止まるフクロウがいた。このフクロウこそが、先程から聞こえた声の主に違いない。首を傾げ「ホーホー」と唄いながら、顔の半分以上を占める大きな瞳を何度も瞬きさせていた。くちばしの下には、白い髭のようなものを生やしている。まるで仙人のようなフクロウだ。

「おじいさん、誰?」
「儂(わし)か? 儂は、フクロウの『知恵蔵(ちえぞう)』じゃ」
「ちえぞー?」
「儂の名前じゃよ。名前のとおり、儂は『なんっでも!』知っておる。おぬしが抱いておる疑問もな」

 そう言うと知恵蔵は「ホーホーホー」と再び唄った。
「おじいさん、本当に何でも知ってるの?」
「おお、知っとるとも。儂は、この世界にいる動物達の中でもっとも物知りで、もっとも長寿じゃからのぉ」
「じゃぁ、『神様がどんな人か』も知ってる?」

 出し抜けの問いに、知恵蔵は「ホー?」と語尾を上げながら首を傾げた。大きな翼を腕のように組むと、今度は「ホー」と語尾を下げる。
「……おぬし、子供なだけあって容赦ない質問をしよるな。成長した動物なら、その質問が如何に危険かを無意識に察して、口にせんものなんじゃが――」
「神様のことを聞くのは、危険なことなの?」
「さよう。考えてもみろ。その答えを言い当ててしまったら、一週間後に行われる神様選挙自体が、無意味なものとなる危険があるのじゃぞ」
 意味深なコメントだったが、ソラにその意図は伝わらなかったようだ。バツの悪そうな顔をして項垂れる。
「僕……、おじいさんの言ってること、難しくてよくわかんない」
 知恵蔵は翼を指のように曲げ、「やれやれ……」と言いながら頭をぽりぽりと掻いた。
「おぬしは正直じゃな。その上、純粋じゃ。だからこそ、生きたままこの世界に入れたのかもしれん」

 そう言うと姿勢を正し、「コホン」と咳払いをした。
「じゃぁ、おぬしでもわかるように説明してやろう」
「お……お願いします!」
 知恵蔵は翼を広げ、もったいぶったように「えー、ではまず最初の真実としてはァ――」と唱えた後、瞬時にソラを覗き込んだ。

「――神様は『たくさんおる』!」

 早口で言い切った。
 その説明に、ソラはますます混乱した。
「……た……たくさんいるの? 十人? 百人? それより、もっと?」
「正確な数なぞ、儂にもわからん。じゃが、あえて言うなら人間の世界における宗教の数だけ、聖典の数だけ、神話の数だけ、そして、認識の数だけ、じゃ」
 知恵蔵の話は、パパの話と同じぐらいソラにとって難解だった。だが、「とにかくいっぱい!」神様がいるということだけは、ソラにもよくわかった。

「じゃが一方で、『神様はひとりだ』という説もある」
「どっちが本当なの?」
「どっちも本当で、どっちも嘘かもしれん」

 煮え切らない返答に、ソラは思い切り顔を顰めた。「ホントは知らないんじゃないの?」という言葉が、喉まで出かかった程だ。
「じゃが、ひとつだけ歴史上の事実がある。それは、神様を廻って人間が何度も戦争を繰り返し、略奪し、傷つけ合って来たということじゃ」

 知恵蔵があまりに険しい表情で語るものだから、ソラはそれがどれほど恐ろしいことなのかを肌で感じ取ることが出来た。
 戦争の話は、パパから聞いたことがある。テレビを通じて、戦争の場面を見たこともあった。しかし、ソラには何故「殺し合う」ということになるのかが、よくわからなかった。

「何で、戦争になっちゃうの?」
「みんなして、『自分の信じてる神様こそが本物だ』って言いはるからさ。『神様は自分達が信じている神様だけで、あとは嘘の神様だ』とな」
「神様に嘘なんかあるの?」
「いんや。あるわけがない。嘘の神様が存在するとしたら、それは人間の造りだした神様だからさ。神様というのを何で定義するかによって意見は分かれるが、もしも『世界を誕生させたすべての源』を神様というのだったら、神様に嘘が入る余地はない。……だって、『源』なのじゃからね。仮に源が複数あったとしたら、そこに生きる我々も複数存在し、次元も複数に分かれ、こうして出会うことさえないはずじゃからのう」
「でも、『神様がたくさんいる』ことは確かなんでしょ? どうしてそうなっちゃうの?」
「あくまでこれは儂の仮説にすぎんが、人間達の言う神様が儂ら生物達の『源』――要は世界を産みだした存在じゃとすれば、おそらくそのもの自体は『ひとつ』のはずじゃ。しかし、その神様を観る視点が複数あれば、『複数神様が存在する』ことになる。そして、その視点と言えるべきものが、民族性じゃったり、風土によったり、多くの価値観に由来するわけじゃ。故に、厳格で説教くさい神様もおれば、穏和で優しい神様もおるし、いろいろに分かれるわけじゃ」

 話がややこしくなってしまった為に、ソラはたくさん頭を回転させなければならなかった。そして、たくさんたくさん頭を使ったが故に、「大きな矛盾」に気が付いてしまった。

「ねぇ、おじいさん! 神様が生物の源だったら、世代交代なんかないんじゃないの? 今さっき、『源に嘘が入る余地はない』って言ったよね? だったら、こうして神様選挙をやる必要だってないんじゃないの?」

 ソラの主張に、知恵蔵は手羽先をくちばしにあて「ホー!」と声を漏らした。
「――おぬし、見かけによらず賢いなぁ。おぬしぐらいの子犬で、そこまでの洞察力を持っとる奴はそうそういないぞ。いやはや、大したものじゃ……」
 感心したように頷いてから、再び姿勢を戻した。
「さよう。おぬしの言う通りじゃ。神様が源であれば、『神様選挙なるものも存在しない』」
「でも今日、バロンが『数百万年前、人間が神様選挙で選ばれてから、この星の自然が破壊された』って――」
「あの講堂にいた者で、数百万年前ここにいたヤツなどおらんよ」

 静かに――それでいてはっきりと告げられた真実に、ソラは目を見開いた。
「嘘……だったんだ」
「嘘と決めつけるのは、まだ早いぞ。『ここにいたヤツはおらん』というだけで、事実数百万年前にそういうことがあったやもしれん」
「その事実、知ってる人はいないの?」
 ソラの問いに、知恵蔵は「そうさなぁ」と首を傾げた。
「仮にいるとすれば――当人の神様ぐらいじゃろうな……」

 どのみち、「神に会うしかない」──そう結論づいたソラは、身を乗り出して尋ねた。

「おじいさん教えて! どうすれば、神様に会えるの?」
「会えるかどうかは知らん。だが、噂で聞いたことはある。この世界の果てにある『深海砂漠』。そこを越えてずーっと、ずーっと行った先に、神様がおるとな」
「本当?」
 喜び勇んで飛び出しそうなソラに向かい、知恵蔵はチチチと舌打ちした。
「……あくまで『噂』じゃ」
「僕、行ってみる!」
 意気込んで叫ぶソラだったが、知恵蔵は渋い表情で首を横に振った。
「安易な決断はいかんぞ。神様には会えるかもしれんが、目的も明確でないのに行ったところで意味はない。――いや、意味はないどころか、かえって『迷ってしまう』ことになるやもしれん」
「どうして?」
 あどけなく首を傾げるソラに向かい、知恵蔵は咳払いをした後神妙な面持ちで語り出した。
「いいかね。『深海砂漠』というのは、それはそれは恐ろしいところなんじゃ。多くの幻が彷徨っており、砂漠に足を踏み入れた者達を幻覚で呑み込んでしまうと言われておる。それだけじゃない、数多(あまた)の試練をかいくぐり、その先に進まねばならぬのじゃ。どんなに強固な意志を持っていたにせよ、一粒の迷いがあるだけでそこから先進むことは出来ぬ。それに――何よりも恐ろしいのは……『猛霊』じゃ」
慎重に告げられた言葉に、ソラは身を乗りだした。知恵蔵は辺りを見回し、ひどく警戒しているようだ。

「おじいさん、猛霊って――」
「……シッ! みだらに、その名を口にしてはいかん」

 知恵蔵はソラに目を向けることなく、手羽先をくちばしにあて囁いた。
 知恵蔵があまりに警戒しているので、それが伝わってきたソラも何だか恐ろしくなってしまった。小枝が風にざわつく音でさえ、何やら恐ろしげなものに感じてしまった程だ。
 漸く、知恵蔵は姿勢を戻すとソラを見下ろした。

「この世界のあちこちに、奴らは潜んでいるからの。下手にその名を口にして襲われたら、儂らも闇に呑み込まれてしまう」
「そんなに怖いの?」
「そりゃ怖いさ。猛霊というのは、憎悪や絶望から誕生した『闇の魂』じゃからの」
「闇の――たましい?」
「すべてを憎み、すべてを滅ぼすことだけを目的に生まれた存在じゃ。この世界や人間達の世界を彷徨いながら、様々な混乱をもたらしている。奴らは実体がないだけに、自在に往き来出来るのが厄介じゃ」
「今日、セレブレイトさんから、『猛霊は、恨みをもった動物達の念がかたまったもの』って聞いたけど――」
「確かにそれはそうじゃが、何も動物に限っとるわけではない。人間として生まれながらも、人間を憎み倒して死んだ者が猛霊になっているケースもある」
「猛霊って、ひとりじゃないんだ」
「さよう。たくさんの魂が寄り集まった『憎悪の集合体』じゃ。しかも、ここ最近、猛霊達を取り仕切る猛霊の王なる存在が誕生したという噂を耳にしたことがある。その者のせいで、人間の世界では様々な問題や混乱が起き始めたそうじゃ」
「じゃあ、未来ちゃん達の世界で異常気象が続いているというのも――」
「まさしく『猛霊の王』が誕生したせいじゃ。ここ十数年の間に、人間達の世界は急激に混乱を起こし始めてるでな」

 ソラは黙り込んでしまった。この世界に来る前日に見た、黒い影や煙達。あれが猛霊なのだとしたら、何故今まで自分は気づけなかったのだろう。

「猛霊は、昔からいるんだよね?」
「おお、そうじゃ。昔からおる。しかし、今まではさほど害がないレベルじゃった。だからこそ、人間界も均衡を保っておったのじゃが――ここ最近は爆発的に増殖しておるので、動物達や勘の鋭い人間は猛霊に気付くようになってきた。何かのきっかけによって猛霊達が癒されない限り、猛霊はどんどん増殖する一方じゃ。ここらで何とかせんと、本当にこの星は滅ぼされてしまいかねない」
「じゃあ、星を滅ぼそうとしてるのは人間ではないじゃない。猛霊が、滅ぼそうとしているんだ!」
「――それは安易な結論というものじゃぞ。猛霊が生まれた経緯自体が人間にあるのだとすれば、結局、人間が破滅に荷担していることになるからの」

 知恵蔵に諭され、ソラは俯いた。そう――それは、セレブレイトにも言われた言葉だったからだ。神様選挙によって人間が滅びるとしたら、それは自業自得なのだと――。

「仮にそうだとしても……それでも、僕は人間みんなが悪いとは思えない。むしろ、憎しみの為に復讐を繰り返している方が、結果この星を傷つけることになるような気がする。だからこそ僕は、やっぱり人間を助けたいよ」
「子犬とは思えぬ程の決意は大したものじゃ。――しかしな。先程も言ったように、深海砂漠では多くの試練や困難があるだけでなく、猛霊が待ち伏せている危険もあるのじゃ。奴らは、神の元に行き神を呑み込みたくて、ウズウズしておる。下手におぬしが猛霊に捕まり、その体を利用されて神のもとへと猛霊を連れて行こうものなら、地球は滅んでしまうのじゃぞ。お前さんのような子犬に、その危険を回避することが出来るかな?」

 知恵蔵は首を突き出し、目をすがめて尋ねてきた。
 そこまで言われてしまうと、ソラには自信がない。自分のせいで地球を滅ぼすようなことになるなんて、そこまで大胆なことには踏み切れない。未来達を助けたいという思いは相変わらず強いが、他に方法があるかもしれないという迷いも生じた。
 何も言えず考え込んでしまったソラを見て、知恵蔵は「フォッフォッフォ……」と体を揺らして笑った。

「そんな哀しそうな顔をせんでもええ。おぬしは、とにかく自分の飼い主を救いたいのじゃろう? だったら、『もっと簡単な方法』がある」
「――どんな?」

「おぬしが『神様選挙に立候補する』んじゃ!」

 あっけらかんと告げる。
 あまりにケロッと言い切られた為、ソラはしばらく事情が呑み込めずポカンとしたままだった。理解出来た途端、顔を真っ赤にして激しくかぶりを振る。

「む、む、む、無理だよ! 僕が『神様』になんて! ぜ、ぜ、絶対に無理無理無理無理……!」

 あまりに激しく振ったので、頭が吹っ飛んでしまいそうだった。知恵蔵はそんな様子を見てまた笑う。
「何もおぬしが神様になるわけじゃない。おぬしを代表とした『犬族』が、神様となるだけじゃ。その昔、犬を神様として崇めた国だってあった程じゃ。そんなに責任を感じることでもないじゃろ」
「で、でも――ここにいる動物達はみんな、神様になりたがっているよ」
「そりゃそうじゃ。だが、おぬし以外の動物が神様になったら、人間は間違いなく滅ぼされるぞ」
「そんなのヤダ!」
「ならば、おぬしが立候補するしかあるまい!」

 説得するように告げられ、ソラは考え倦ねる。
 しかし、考えたところで答えが出るわけではない。どのみち、未来達を救うべくして何らかの行動を起こさなければならないのは事実なのだから。
 キッ……と表情を引き締め顔あげると、徐に頷いた。
「――わかった。僕、頑張ってみる!」
「そうじゃの。まずは、そこから始めて見るがよい。それでどうにもならなくなった時は、また相談にのってやろう」
 知恵蔵はそう言うと、再び空高く舞い上がっていった。

神様選挙 - 最初のページに戻る
(C) 2012 Yura Shinozaki All rights reserved.illustration&design by alkasizen