第9章 仲間達
「神様選挙」の公示がされて以来、講堂は動物達の為に開放されていた。
 みな、一週間後に迫る神様選挙に向けて、候補者を選別している最中だ。ほとんどの動物達は講堂から離れようとせず、そこで暮らしながら「ああでもない、こうでもない」と同種達と共に誰に投票するかを相談しあっていた。
 そして本日、ついに候補者の受付が締め切られる。一体誰が新しい神様に選ばれるかで、ドーム内は今までにない程の盛り上がりを見せていた。
 現在、候補者として挙がっているのは以下の動物達である。(ちなみに、修飾語は候補者自らが希望したものである。)


 百獣の王、ライオン。

 沼地の武闘家、サイ。

 サハリの平和主義者、キリン。

 最たる知恵者、サル。

 空を舞う賢者、カラス。



 他、イルカや鯨にも推薦は数多くあがったが、彼らは「自由でありたいから」ということを理由に辞退した。
 ――なるほど、確かに神様という立場はかえって窮屈なものかもしれないと、推薦した者達も納得して引き下がった。
 一方、候補者に対する嫌悪感を抱く者も当然いた。特に「シマウマ」は、ライオンが候補者となった段階で危機感を覚えた。ライオン達も、人間の二の舞になるのではないかと危惧したからだ。そうなった場合、一番最初に絶滅するのは自分達だろうと、そうシマウマ達は予測した。その為、ライオンの対抗馬としてキリンを推薦したのだ。
 しかし、今度は同じ草食動物達からブーイングがあがった。キリンが神様となった暁には、木々の葉がすべてなくなるのではないかと懸念した為である。
 そこで、サルが推薦されたのだ。

 このようにして、候補者を挙げる段階ですでに一波乱も二波乱も予想される動きがあった。
 そんな一連の流れを、不安げに見ている小さな動物達がいる……。


「あーあ! あたい達、いつまでこの『へんちくりんな世界』にいなくちゃならないのかしらね。さっさと元の世界に戻りたいんだわさ!」


 小さくてまんまるの生き物――ロップイヤーのピピンがそう言った。
 癖のある変わった喋り方をするロップイヤーだ。躾の厳しい親であれば「お行儀が悪い」と怒りそうである。
 その脇に立つフェレットのアークも頷いた。
「ここに来たのも突然だから、きっと帰るのも突然なんだろうね」
「スカーレットさん、大丈夫かしら。あたい達がいっぺんにいなくなっちゃったから、きっと淋しい思いしてるに違いないわさ」

 そう言って、ピピンが目に涙を浮かべた。
 どうやら、飼い主のスカーレットにかなりの思い入れがあるようだ。
 反してアークはケロッとしている。

「大丈夫だよ。スカーレットさんは、『動物達の言葉が分かる』からさ。僕達がいなくても、庭に遊びに来る雀や野良猫達とお話して、楽しく暮らしてるよ」

 アークの無粋な返答に、ピピンはすかさずお尻を蹴りあげた。
「人が感傷に浸ってるってのに、安易に否定すンじゃないわさ!」
「ご……ごめん」

 この二匹は、いつもこんな調子だ。
 ちなみに、ロップイヤーは「ウサギの仲間」である。
 正確には「ウサギ科穴ウサギ属」というらしいが、ピピンにとってそんな肩書きはどうでもいい。「あたいはピピン。とりあえずウサギみたい」と自己紹介するようにしている。大きな垂れ耳に丸みを帯びた体型をしていて、愛嬌ある容姿だ。
 ロップイヤーもフェレットも、人間界ではペットとして大人気だが、人間を憎むこの世界ではとてつもなく肩身が狭い。さっさとこんな選挙が終わって、元いた世界に戻りたいと、そんなふうに思う。

「あーあ。あたい、ここしばらくラビットフード食べてないわ」
「でも、ダイエットになるよ」

 何気ないアークの一言に、ピピンは露骨に顔を歪めた。再び後ろ足でアークを蹴る。アークは「いてっ」と細長い体をねじった。
「失敬なこと言わないでちょうだい! あたいは太ってなんかないわよ。単に体がまるっこいだけなんだから。あんたこそ、ひょろひょろ長っぽそくて情けない容姿しちゃってさ、もう少し太ったらどうなの?」
「む……無茶言うなよぉ。僕らフェレットが太ったりしたら、体が重くて動けやしないよ」

 そう言ってから、二匹は「はぁ……」と重い溜息を吐いた。
「人間の世界に戻りたい。スカーレットさんに会いたいよぅ」
「もうそれを言うのやめようよ。ピピン、一日に百回は言ってるよ」
「あに言ってんのサ! あんた、数なんかまともに数えらんないでしょうが!」
「そ……そりゃそうだけど――でも、百回に近いぐらい、たくさん言ってるよ」

 断言され、ピピンも僅かに顔を曇らせた。哀しそうに肩を落とす。
「……だって、ホントに『帰りたい』んだもん」
「――僕だってそうだよ」

 そう言うと、二匹は「ハァ……」と二度目の溜息を吐いた。
「ねぇ、ピピン」
「あにさ」
「神様、誰に投票する?」

 アークの質問に、ピピンは「はぁ――ぁぁ」と気が遠くなる程長い溜息を吐いた。このまま窒息してしまうのではないかとアークが気を揉んでいる最中、やっとのことでピピンがきっぱり言い切った。

「『誰っにも!』いれたくない!」
「僕もだよ」
「だって、誰にいれたって人間が滅ぼされちゃうかもしれないんでしょ? そうなったら、あたい達間違いなく滅んじゃうもん。それに、スカーレットさんが死んじゃうなんて、そんなのあたい耐えらんないわ!」
「そうだよね」
「一匹ぐらい、人間の味方が立候補してくれたっていいじゃないねぇ」
「それは無理だよ」

 アークは即答し、ピピンを振り返った。
「ピピンも覚えてるでしょ? ほら、神様選挙説明会の日。白い子犬が人間を庇った時、もの凄いブーイングだったじゃない。あれほどの勢いがあるんだもの、仮に僕達と同じ意見の動物がいたとしたって、なかなか立候補出来ないよ。下手したら、殺されちゃうもん」
「だわねー」

 ピピンはそう言うと、二本足で立ち上がり腕を組んだ。
「……ちなみにさぁ、あのおチビちゃん。あたい見覚えあるんだけど……たぶん、あたい達がこの世界に連れてこられる前日、動物病院に来た親子と一緒にいた子よねぇ。ほら、スカーレットさんと話してた――」

 ピピンの言葉に、アークは興奮したように頷いた。
「そう、そう! そうだよね! 僕も、どこかで見たことがあるって思ったんだ。あの子も僕達同様、ここに連れてこられちゃったんだね」
「あの子、最近すっかり姿が見えないんだけど、どこ行ったのかしら。まさか、殺されてたりしないわよね」
「――どうだろう」
 二人が腕を組み「うーむ」と唸った、その時だ。

「あれっ?」

 ピピンが声をあげた。
「どうしたの?」
「ねぇ、アーク。見て、あれ。あそこ」
「どこ?」
「ほら、あの円卓に向かう通路。白くて小さいのが歩いてない?」

 アークはピピンが指し示す方に姿勢を向けた。「どれどれ」と言いながら手を翳し、前方を覗き込む。

 アークが見つめる方向には、円卓に向かう通路があった。
 周囲を動物達が囲う中、小さな白い子犬がまっすぐ歩いているではないか。
 中央に座るカモシカのバロンと、選挙管理委員会のスタッフであるトナカイが、子犬に気づき顔をあげた。

「あっ! そうだよ! あれ、あの時の子犬だよ!」
「でしょでしょ! ――ねぇ。もしかしてあの子、立候補するつもりなんじゃない?」
「まさか!」


 ピピンとアークが状況を不安げに見守る中、ソラは真っ直ぐ円卓に向かって歩いていた。
 ソラに気付いたバロンとトナカイは、椅子から腰をあげてソラに声をかける。
「君も、立候補しにきたのかね?」
 バロンの問いかけに、ソラは大きく頷いた。

「はい! 僕、『神様に立候補』します!」

 幼い子犬のコメントに、周囲の動物達はみな侮蔑の笑みを浮かべた。「やめとけ、やめとけ」と、からかうような声も聞こえる。バロンとトナカイも、半ば失笑を浮かべながらこう告げた。
「では、君は『犬族の代表』ということでいいのかな?」
「はいっ、お願いします!」
 クスクスと、あたり一面笑いが漏れる。それを見ながら、ピピンは歯ぎしりをした。

「くぅ――っ! むかつくぅ、周りの奴ら!」
「ピ……ピピン、落ち着いて」

 ピピンが苛立ち顕わにしている最中、円卓の前ではソラが神様に立候補する手続きが着々と進められていた。やがて、バロンが徐にこう告げた。

「いいだろう、では立候補者名簿に記載する」

 そう言って、カンカンカン、と小槌を鳴らした。
「で――君、名前は?」
「ソラです!」
「『何の』ソラだね?」
「何の……?」

 意味がわからず、ソラは首を傾げた。バロンはソラの耳元でこう囁いた。
「――ほれ、いろいろあるだろうが。『百獣の王、ライオン』とか、『最たる知恵者、サル』みたいに」
「あ、ああ……そっか。そういうことか」

 わかっているのか、いないのか。ソラは宙を仰ぎながら考え込んだ後、こう言った。

「だったら、『榊野ソラ』です!」

 ……苗字と勘違いしてしまったようだ。
 バロンは意図が伝わらなかったことに目を細めながらも「はいはい、榊野ソラね」と記載した後、何となくバランスが悪いので「純白な子犬、榊野ソラ」と付け足した。

「じゃぁ次に――公約だが」
「こうやく?」
「細かい公約は、選挙活動の最中に言ってもらうとして――まず、目玉の公約を簡単に説明してもらおうか」
「『こうやく』って、何?」

 どっ……と笑いが起こった。
 講堂中に響き渡る侮蔑の笑い声に、ピピンは体を震わせる。

「ンもぅ――っ! 我慢出来ない! あたいがあの子を守ってあげなきゃ!」

 叫ぶや否や、ピピンはソラのいる通路目がけて走り出した。
「ま、待ってよ! ピピン!」
 慌ててアークも走り出す。

 二匹が必死にソラのいる場所に向かって走っている最中、バロンは困惑した表情でトナカイと顔を見合わせていた。やがて再び身を乗り出すと、ソラの耳元でひそひそ囁く。
「公約って言うのは、『神様になった後、どんなことをするか』っていう約束のこと!」
「……あ、ああ。そっか、なるほど」
 立て続けに恥を掻いてしまい、ソラは赤くなってしまった。頭をポリポリ掻いた後、しばらく「んんっと……」と口籠もる。

「ぼ……僕が、か……神様になったらァ……」

 ──駄目だ。こんな消極的な言い方では、誰も聞いてくれない。
 ソラは「ごくん」と唾を飲んだあと、いっきにこう叫んだ。

「ぼ……僕が神様になったら、『人間も動物達も、みんなが手を取り合える世界にしたいです』!」


 同時に。
 ざわついていた講堂が、瞬く間に静寂に包まれた。
 水を打ったような静けさの中、ソラの澄んだ声だけが響く。


「僕は、神様としての地位なんかいりません。そのかわり、人間も動物達も、みんなに仲良くなってもらいたいんです。誰かが犠牲になったり、誰かが支配するようなそんな世界じゃなくて――動物も人間も、みんなが平等に生活出来るような、そんな世界にしたいのです!」


 講堂の中は、まるで時が止まったかのように静かだった。
 佇む動物達は、空間に貼り付けられたようにして、ただじっと佇んでいた。
 先程まで失笑を浮かべていたサイでさえもが、あんぐりと口を開けたままソラを見ている。皆、どこかソラの言葉を笑い飛ばせないような、複雑な心境を廻らせていた。
 しかし、一匹だけ――ソラの言葉に猛然と腹をたてた動物がいた。


「ふざけたことを言うな! この『人間のスパイ』が!」


 振り返ると、そこにはライオンが立っていた。黒いスーツに身を包み、まさしく百獣の王という名が相応しい貫禄だ。
「人間が動物達と手を取り合えるなんて、本気で思っているのか。甘ったれたことを言うのもいい加減にしろ!」
「でも、いい人間だっていっぱいいるよ」

 ソラは、ライオン相手でもくじけなかった。勇気を振り絞り、未来達を守る為必死に弁護する。

「確かに、人間は自然を傷つけたことがあったかもしれない。でも、それを反省して、これからは守っていこうと一生懸命になってる人だっているんだよ。おじさんだって、ひとりぐらい、いい人と出会ったことはあるでしょ?」
「――いいや、知らない。人間は、密猟に明け暮れては動物達を大勢無駄に殺してきた。そのせいで、絶滅した動物達もたくさんいる。あいつらは、自分達の罪を償わなければならない。だから、貴様に立候補されたら――迷惑なんだよ」
 ライオンは、ソラの首をがしりと掴んだ。ソラが藻掻いて逃げようとする中、ライオンはソラの首を掴んだまま高々と振り上げる。

「き……君っ! 乱暴はやめなさい!」

 バロンとトナカイが必死に仲裁するも、ライオンは掲げた手を下ろそうとしない。まるでソラの命を奪おうとしているかのように、徐々に首を絞めあげていく。

「く……苦しい! 助けて」

 ソラは必死に抵抗した。
 ライオンの行為を前に、誰も止めようとしなかった。それどころか、「早くやれ!」「早く殺せ!」とライオンに加勢する声も響く。勿論、中にはソラに同情し救ってあげたいと思う動物もいたが、ライオンや他の動物達の勢いに怯え、割って入る勇気はなかった。
 そんな中、ピピンとアークがひたすら通路を駆け抜けていた。しかし、二匹とも体が小さいので、どんなに急いでも限界がある。それどころか、この騒ぎで他の動物達が一斉に通路へと押し寄せてきたので、避けながら走るだけでも困難を極めた。

「早くっ! 早くしないと、あの子死んじゃうよぉ!」
「そ……そんなこと言っても……これ以上、早く走れないよぅ!」

 アークが息を切らせながら叫ぶ。ピピンは溢れる動物達の合間を縫いながら、必死に走り続けた。
 しかし、なかなかソラの元には辿り着けない。  

 誰の助けもなく、ライオンに首を締め上げられたまま、ついにソラの意識が遠のいていった。
 気を失い欠けた――その時だ。


「うぎゃあっ!」


 突如、ライオンが悲鳴をあげた。
 ライオンの手からソラの小さな体がこぼれ落ちて、絨毯の上に転がった。瞬時に意識が戻り、頭をぶんぶんと横に振る。何が起こったのかわからず、恐る恐る顔をあげた。
 すると、そこには──。

 ライオンの頭の上に、まるで獲物を捕らえたかのように雄々しく立ちはだかる鳥の姿があるではないか。
 あまりに雄大なその姿は、まさしく「威厳のある鷹」だ。

 ああ、なんと勇ましき、鷹……よ……

 と、思ったが……。
 よく見ると――「ニワトリ」だった……。
 あろうことか、赤いチェック柄のエプロンをつけた雌鳥が、王者と謳われるライオンのひたいに爪をねじ込ませているではないか。


「こ……このバカ鳥めぇ!」


 ライオンがニワトリを払いのけた。しかし、ニワトリは負けていない。床に降り立つと同時、地面を踏み台にして思い切りジャンプした。

「くぇ――っ!」

 叫び声と同時に、足蹴りを喰らわせる。その足が目に入り、ライオンは悲鳴をあげた。
 ここまで来ると、百獣の王といえどもひとたまりもない。藻掻くようにしながら、その場から逃げ出した。
 一匹のニワトリが動物の王者とも言えるライオンを負かした事実に、多くの動物達が唖然としていた。サイもバッファローも、みなポカンと口を開けている。
 その隙をついて、ニワトリはソラを背に立ちはだかった。庇うように翼を大きく広げると、力一杯叫ぶ。


「あたしがついてる以上、この坊やに指一本触れさせないよ! 文句のある奴ぁ、かかっておいで!」


 ニワトリの威勢の良さに、他の動物達もたじたじだ。

「いいかい! あたしゃね、あんた達の汚い手に『うんっっざり!』してんだ! なぁにさ! 人間に文句があるンなら、正々堂々人間呼んで抗議すりゃぁいいじゃないさ! それを、人間抜きにこぉんな卑怯な選挙開いてさ! 勝手に自分たちだけで選挙して、参加してない人間を滅ぼすなんて、あんたらそれでも『こころのかよった動物』なのかい! なぁにが『人間に酷い目』にあっただ! そんなこと言ったら、あたし達だって狭い鶏小屋に押し込まれ、次から次へと卵産まさせられてたさ。でもね、あたしゃそれが自分の『役目』だと思ってたよ。みんながみんな、人間の行為を暴力だと思ってるなんて言うんじゃないよ!」

「おばさん、待って!」

 ピピンの声に、ニワトリは振り返った。
 ピピンは全速力で走ったせいで、息が切れてしまった。ハァハァと慌ただしく呼吸を繰り返しながら、ニワトリに向かって叫ぶ。

「あたいも協力するよ! あたいにも手伝わせて!」
「おやおや。こりゃぁ可愛いお嬢ちゃんだこと。――いいよ。いくらでも協力しとくれ」
「ぼ……僕も」
「おや。あんたはイタチかい?」
「イタチじゃない。フェレットだよ」
 アークは不満げに答えたが、ニワトリはどこ吹く風だ。
「ふぅん――まぁ、どうでもいいや。あたしたち三匹、『力を合わせて』この坊やを守るよ!」
「おう!」
 ピピンとアークが、声をあわせてそう叫んだ。

 突如現れた三匹の助っ人を前にして、ソラは呆然と床に座り込んだままだ。
 孤独だと思っていたソラに、たった今、三匹の仲間が出来たのだ。その事実があまりに嬉しすぎて、ソラは何て言っていいのかもわからない程だ。
 ふとその時、ゲートにいたマントヒヒの言葉を思い出した。

 ――生身の動物達が、他に三匹いる。

 それが、今ここにいる仲間達なのだと、ソラはすぐに理解した。座り込んだままのソラを気遣うように、ニワトリが振り返ってこう囁いた。

「安心しな、坊や。こう見えても、あたしゃ喧嘩に負けたことがないんだよ。あんたの公約聞いて、あたしゃ『すっごく!』感動したんだ。だから絶対に、あんたを守ってやるからね!」
「おばさん、ありがとう!」

 ソラの呼びかけに、ニワトリは「クェックェッ」と首を振った。

「おばさんじゃないよ! あたしにゃ『クック』って名前があるんだ」
「じゃぁ、『クックおばさん』ね!」
 ピピンが叫ぶ。クックは「やれやれ」と頭を振った。
「まぁ、あんたみたいなお嬢ちゃんや坊やから見りゃ、あたしゃ立派なおばさんだもの、仕方ないねぇ」
「あたいはロップイヤーのピピン。こっちはフェレットのアーク。あたい達も、あんたの味方だよ!」

 そう言って、ピピンはウインクをして見せた。
 ソラの瞳に、涙が浮かんだ。嬉しそうに頷くと「ありがとう、みんな!」と告げる。

「――さぁさぁさぁ! 次にかかってくるのは、どこのどいつだい! みんなまとめて、やっつけてやるよ!」

 クックはまるで指を鳴らすかのように手羽先を重ね合わせた。ピピンも負けじと腕を組む。
 しかし、どうしたことか。
 動物達は急に表情を変えたかと思うと、悲鳴をあげてその場から逃げ出した。
 それも、通路脇にいた動物達だけでなく、上の階にいた者もみな一斉に逃げ出していくではないか。

 多くの動物達で騒然としていた講堂は、あっという間に空っぽとなってしまった……・。

「……一体、どうしたんだろう。みんな」

 ソラが不安そうに呟く。
 動物達が一匹残らず退散したのを見て、クックは愉快そうにカラカラと笑った。
「あたしの威力を改めて知って、逃げ出したんでしょ!」

「──いや、違うわ」
 そう言ったのはピピンだ。

「……なにか、嫌な予感がしない? あたい、ぞわぞわしてきた……」
 ピピンが腕を抱え込む。
 クックも改めて辺りを見回し、顔を顰めた。

「……確かにそうだね。なんだろ、不気味な気配だ。鳥肌がたってきたよ……」

 ピピンとクックが言うとおり、周囲はただならぬ雰囲気が満ちていた。先程までの賑やかな空気は消え失せ、どんよりと濃い空気がたちこめている。
 二階席や一階扉の周辺から、不気味な影が入り込んできた。
 静かに忍び寄る闇に気付いて、ピピンとアークは身を寄せ合った。

「な……何なのよ、これ! い、一体全体、どうなっちゃってんのぉ!」
 ピピンが絶叫した。
 闇は、まるで霧が立ちこめるようにして扉という扉から入り込んでくる。異常な事態に気が付いたバロンとトナカイは、青ざめた顔のまま後退りすると、一目散にその場から逃げ出した。

「……ね、ねぇ。あたい達も、逃げた方がよくない?」

 ピピンの提案に、みなが瞬時に頷いた。踵を返そうとした、その時──。

「駄目だ! 僕らもう、囲まれてるよ!」

 アークが叫んだ。
 気が付けば、ソラ達を囲うように黒い影が蠢いていた。
 それはまるで生きているようで、ゆらゆらと揺らめきながら近づいてきた。それと同時に、不気味な唸り声が聞こえてくる。その邪悪な気配を前にして、ソラは思わず呟いた。


「……猛霊だ」


「もうりょう?」
「人間に殺された動物達の怒りが、集団化した霊のことだよ。憎悪の塊で、世界を滅ぼすことだけを考えてるって、知恵蔵さんが教えてくれた……」
「じゃぁ、これっていわゆる『お化け』なの!」
 ピピンが叫ぶより早く。
 猛霊にさえ怖じ気づくことなく、クックが突進していった。

「コケ――――ッ!」

 蠢く闇に向かって、すかさず跳び蹴りを喰らわせる。しかし、猛霊は実体がない。クックの体はそのまま猛霊をすり抜けてしまい、向こう側の通路にどすんと落ちた。

「クックおばさん!」

 クックは「あいたたたた」と顔を顰めながら立ち上がろうとする。
 ――しかし。

「あららららららっ!」

 クックの体が宙に浮いた。必死に藻掻くも、高く高く舞い上がっていく。
「おばさん!」
 ソラ達が叫び続ける中、見る見るうちにクックは天高く昇っていった。講堂の天井近くまで引き上げられ、まるで風船のようだ。

 クックは恐る恐る下を見下ろした。地上にいるソラ達が、豆粒のように見える。

「あらやだ、冗談じゃないわよぉ! あたしゃトリでも、飛べないトリなんですからねぇ! こんな高いところから、突き落とさないでちょうだいねぇ!」

 強がるも、声は恐怖から上擦っていた。そんなクックの姿を前に、猛霊は揺らめきながらまるで笑っているかのようだ。

「あいつら、おばさんを殺す気だよ!」

 ソラが悲鳴に近い声をあげた。でも、どうすればいいのかわからない。みんな、泣き顔になって必死にクックを呼び続けた。
 やがて、クックの丸い体は、吊された糸が切れたように真っ逆様に落ちてきた。

「ひゃぁ――――っ!」
「おばさん!」

 あの高さから落とされようものなら、いくらニワトリとはいえひとたまりもない。為すすべない状況に、みなが悲鳴をあげた――その時。

 床に叩きつけられる直前、クックの体が何者かにさらわれた。
 再び高く天を舞い、やがてゆっくり床に下ろされる。
 何が起きたかわからないクックは、白くて大きなお尻を床に着いたまま呆然としていた。

「おばさん! よかった、無事で!」
 ソラ達をみるクックの目は、突然の出来事にぐるぐると回ったままだ。
「あらやだ。心配させちゃって悪かったねぇ……。でも、一体何がどうなって――」

 事情を知ろうとして顔を上げた瞬間、ソラは息を呑んだ。
 クックの背後に、見覚えある存在が立っていたからだ。
 凛々しい瞳を猛霊達に向ける存在を見て、あまりの嬉しさからその名を叫ばずにいられなかった。


「セレブレイトさん!」


 セレブレイトは、身体中から目に見える程の強い気を放っていた。
 まるでセレブレイト自身が燃えているかのように放たれた気は、青から紫に変わり、今度は赤く燃え上がった。これが霊力というものなのかと、ソラは心で呟いた。

「お前達はそこで固まっていろ。くれぐれも単独で動くな。――いいな」
「わ……わかった」

 セレブレイトの呼び掛けに、ソラは慌てて頷いた。ソラにしがみつくようにして、ピピンとアーク、そしてクックが寄り添いあう。

 猛霊は突然現れたセレブレイトに、まるで興奮するように揺らいでいた。攻撃対象をセレブレイトに向けた途端、一斉に襲いかかる。
 セレブレイトと猛霊が衝突するたびに、激しい火花が飛び散った。
 火花と同時に、猛霊の姿が次々と霧散していく。「うぉぉ――」と地響きのような唸り声をあげ、また一体、また一体と猛霊達が消えていった。

 セレブレイトの強さは圧倒的だった。
 まるで、煙を蹴散らすかのように猛霊達を追い払ってしまったのだ。
 猛霊がすべて消滅したと同時に、明るさが講堂に蘇った。
 壮絶な闘いを経て「ふぅ……」と溜息を吐くセレブレイトに、ソラ達は一斉に駆け寄る。

「セレブレイトさぁん!」

 ソラはセレブレイトに抱きついた。
「ありがとう、ありがとう! やっぱり来てくれたんだね!」
 そう言って頬ずりをする。
「や……やめろ! 犬のクセに、馴れ馴れしくするな!」

 セレブレイトは照れているのか頬を赤く染めながら、しがみつくソラの手を振り払った。
 一方、ピピンはうっとりするような目でセレブレイトを見つめている。
「あたい、ひとめであんたに惚れちゃったぁ。すっごくカッコいいんだもん」
「えぇ――っ。ピピン、僕のことはぁ」
「――あんたはいいの。ただの『お友達』」
「そんなぁ……」
 泣き出しそうなアークの前で、セレブレイトが言い放った。

「勘違いするな。俺は、お前達を助けたんじゃない。……もっとも、助けるつもりもないがな」

 突き放すような言動に、みな顔を見合わせた。
「どうして? どうして、僕達を助けられないの?」
「お前が人間に荷担しているからだ。俺は、大の人間嫌いだからな」
「じゃぁ、何で猛霊と闘ってるのさ」
 ピピンが甲高い声で非難する。セレブレイトはじろりとピピンを一瞥した。
「猛霊は人間だけでなく、俺達動物も滅ぼす。だから俺は、自分を守る意味で闘ってるだけだ」

 セレブレイトは難なく答えると、その場を去ろうと歩み出した。そんな後ろ姿を、仲間達は呆然と見送っている。

「――だが」
 ふと、セレブレイトが足を止めた。

「……たまたま俺が気付いた時にお前達が襲われていたら、その時は『ついで』に助けてやる」
 そう言い残すと、まるでスッと風が去るかのように講堂から姿を消した。

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