第10章 選挙活動
「神様選挙」に立候補した後、ソラの毎日は今までと大きく様変わりすることとなった。
 もっとも、それは候補者となった動物達にとっても同じことだ。投票する側の有権者は勿論、立候補したそれぞれの動物達も個性に応じた活動を展開していた。

 百獣の王ライオンは、王者として風格ある活動を展開していった。その多くは、有権者である動物達を接待するといったものだ──が、実際には接待した側のライオンの方が足を高々と挙げパイプを加えながらふんぞり返っているので、招かれた動物達はみな「これのどこが接待なんだろう」と思いつつも、ライオンの前でそんなことは決して言えないのが現状だった。
 一方、サイは「力ずく」で活動を展開していた。自分の力――腕力なり筋力なり――がいかに強いかを、格闘技大会を開いては誇示していたのだ。サイの威力を目の当たりにした動物達は、なかば恐怖心から一票入れようという気にさせられた程である。

 その点、キリンはとてものんびりしたものだった。あくせくすることなく、流れに応じて「神様ぁ? まぁ、なれれば幸いさ」ぐらいにしか思っていないようだ。
 一方、小忙しいのはカラスだ。あちこちの立候補者を偵察しては、あれやこれやと対策を練るばかりで、具体的な行動に出ようとしない。その上、妙に仲間意識が強すぎるせいか、どこか排他的な雰囲気も漂わせている為、すでに不人気となりつつあった。

 そして、もっとも人間に近い活動をしたのがサルだった。
 サルは、何をするよりも早く一番最初に後援会として事務所を構えたのだ。気取ったポーズで写真を撮り、宣伝文句を記したポスターを何枚も刷っては、街の至る所に貼って知名度をあげていく。街頭演説をしたのも、唯一サルだけである。

 そんなライバル達の行動を観察しながら、ピピンは大きく溜息を吐いた。

「はぁ――、まったくやンなっちゃうわ。ソラったら、立候補したはいいけど何も活動しようとしないんだもの。年がら年中、公園にいる変なフクロウとお話してさ。ライバル達はみんなこれだけ頑張ってるっていうのに、一体どういうつもりなのかしらね」
「でもさぁ、ソラはソラなりに、どう活動していけばいいのかを考えてるみたいだよ。このあいだ公園に行ったら、フクロウのおじさんから『神様について』の講義を受けてる様子だったもの」

 フォローをしたアークに、すかさずピピンが足蹴りを喰らわせる。

「呑気なこと言ってンじゃないわよ。選挙活動に勉強もへったくれもないわさ! 要は『勝つか、負けるか』なんだから!」
 細くしまった腰のあたりを勢いよく足蹴りさえ、アークは顔を顰めて患部を抑えた。相変わらずの様子に、クックは手羽先で顔を覆い「やれやれ……」と呟いた。
「あんた達、顔を合わせるといっつも喧嘩ばかりだね。でもねぇ、あたしもソラにはソラのやり方があると思うよ。あの子に任せていれば大丈夫だよ」

 クックの言葉にも、ピピンはどうも納得出来ていない様子だ。
 ふと、ピピン達の前に、賑やかな車が走ってきた。車はライトバンで、煌びやかな電飾で囲まれている。その上、スピーカーからは騒々しい程の音楽が流れてきた。


 神様選挙だ、ヘイヘヘイ

 次の神様、一体『誰だ?』

 それは勿論、サルが神様!

 サルの世の中 平和になるぞ!


 何度も聞き慣れてしまったフレーズが、サルの応援歌用に編曲されていた。その上、曲調に合わせて「ヤァ! ヤァ! ヤァ!」とかけ声まで聞こえる。

「……な、なんなの、あれ」

 ピピンが訝しそうに顔を顰めた。

 唖然とする三匹を後目に、サルの宣伝カーはゆっくり通過していく。見ると、助手席には神様となるだろうサルがまるで仙人のような出で立ちをし、みなに笑顔で手を振っていた。
 車体の上にある台にはチアガールに扮したサルたちがミニスカート姿で踊りを舞い、「サル勝利!」という刺繍が施されたハッピ姿のサルたちが、街道に立つ動物に向けて餌だの花だのを投げていた。その餌に、通りすがりの動物達はみんな飛びついた。

「……っか――。スゴイね。人間も顔負けな宣伝効果だよ……」

 クックが呆れたように言う。その横でピピンは悔しそうに歯ぎしりをし、顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んでいた。

「も――っ、我慢出来ないわ! あたい、ソラを連れ戻してくる! こんなことしてたら、どんどんライバルに差をつけられちゃうわよ!」

 そう叫んだ途端、ピピンは背を向け勢いよく公園に向かって走り出していた。
「あ、待ってよ! ピピン!」
 慌ててアークとクックが後を追った。


 ちょうどその頃。
 公園にいるソラは、小さな机を前にしてちょこんと行儀良く座っていた。目の前にはフクロウの知恵蔵が立っており、太い枝にはホワイトボードが括られている。

「え――、オホン。さてと。昨日は、どこまでやったんだっけな」

 先生である知恵蔵の言葉に、ソラは優等生さながら「ピン!」と手を挙げた。

「はい! 『宇宙が生まれてから、地球誕生まで』です」
「ほう、そうじゃったな。では、今日はそれをさらに掘り下げて――『宇宙誕生の瞬間』と、『神話の語る世界創生』について、講義しようかの」
「お願いします!」

 ソラは深々お辞儀をした。知恵蔵は顎をさすりながら「よろしい」と呟く。

「え――、おほん。よいか、儂らが住む世界の誕生については、実に様々な神話が語っておる。聖書によると神は六日間で世界を創世したといい、ギリシャ神話においては最初に混沌……いわゆるカオスが存在し、カオスから複数の神々が生まれたと伝えられておる。また、インド神話においては神々と阿修羅が海をかき混ぜたことにより生命の源である乳の海となり、様々な存在が誕生したとなっておっての、どの神話においても大体『ある何らかの存在をきっかけに、森羅万象が誕生した』と伝えておるのじゃ」

 ソラは身を強ばらせて真剣に聞いていた。

「しかし、科学で判明していることはそういったものと多少異なっていての。内容としては、その昔、宇宙が誕生する前そこには『エネルギーの塊』があったとされておる」
「エネルギーの塊?」
「そうじゃ。厳密にそれがどのようなものだったかはわからぬが、ある日それが大爆発を起こし、無数のエネルギーとなって散っていったのじゃ。様々な条件が重なった中、散ったエネルギーは星となり、儂らが生活しておる地球も今から四十六億年程前に誕生したとされておる。……まぁ、そう言った意味じゃギリシャ神話などがこれに近いのかもしれんが――じゃがの、これでさえもまだ『仮説の段階』じゃ」
「仮説……なんですか?」
「いや。現在において人間達は『もっとも真実に近い』と言っておる。じゃがの、科学的真理と言うのは常に変わっていくものじゃ。たとえば、ほれ――昨日話したじゃろ。『天動説と地動説』について」
「太陽が地球を廻っているか、地球が太陽の周りを廻っているか、ですね」
「そうじゃ。天動説が受け入れられていた頃、あたかも真実はそれしかないように言われておった。だから、地動説が唱えられた時、人はヒステリックになってそれを否定したものじゃ。しかし、今の人間の中で地動説を疑わん者はおらんじゃろ? でも、天動説が普通だった頃は、みんなが天動説を信じて疑わんかったのじゃ。それと同じでの。実は宇宙も、今は想像の出来ないような突飛でもない誕生の仕方をしておったのかもしれん。じゃが、儂は今ある知識しか――今、儂が理解出来る知識しか、お前さんに伝えることは出来ぬ。それだけは、了解してくれるかな」
「はい、わかりました!」

 ソラは大きく頷いた。
「うむ、よろしい! では、さらに続きじゃが――」
 と、次の瞬間──。


「ちょっと待ったァ!」


 威勢のいい叫び声に、ソラも知恵蔵も驚いて振り返った。
 するとそこには、「ぜぇぜぇ……」と息を切らすピピン、それにアークとクックの姿があった。

「あ、みんな!」
 ソラが嬉しそうに叫んだ。しかし、ピピンの表情は硬い。ソラに指を突き出すと、勢いよく詰め寄った。

「なぁにが『みんな』よ! あんたってば、ライバル達が必死に選挙活動を展開してる最中、こんな呑気に勉強してもいいと思ってるわけ? ええ?」

「え? え……、でも――神様をよく知らない前に、選挙活動するわけに行かないから──」
「そんなモン知らなくったって、神様になることは出来るわさ! なっちゃえばこっちのもんなんだからさ! 自分が神様になったら『何でもし放題』なんだもの、てけとーに『神様なんざ、でっちあげちゃえばいい』んだわさ!」
「――これこれ、小娘」

 見かねた知恵蔵が仲裁に入った。
「そう乱暴なことを言うでない。ソラは他の候補者と違って、謙虚に神のことを知ろうとしておるのじゃ」
「だって、そんなことしたって選挙に勝てないじゃないさ!」
「しかし、知らなかったらあとでとんでもないことになるぞ」

 知恵蔵の脅しは効果があったようだ。ピピンが僅かに言葉を呑んだ隙を見て、すかさずソラは懇願した。
「ねぇ、ピピン。今、とっても大事なところを勉強しているんだ。未来ちゃんやスカーレットさん達を救うには、今の神様を知っておくことも大切だよ」
「そうだね、ソラの言うとおりだ」
 クックがフォローに廻った。
「あたし達も、何でもかんでもソラに任せないで、一緒に神様のことを勉強しようよ。そうすれば、他の候補者が派手に活動していても、選挙に勝つ手立てが見つかるかもしれないじゃない?」

 クックにまでそう言われては、ピピンも意地をはれなくなった。プゥーッと頬を膨らませると、ソラの後ろに座り込む。
「わかったわさ! ――ちょっと。そこのヨボヨボじぃさん! さっさと講義始めてちょうだい。あたい達も参加するわさ」

 知恵蔵は大きい目を細めると、「フォッフォッフォッ……」と笑った。
「気の強い小娘じゃ。まぁ、ソラのように謙虚で大人しい犬には、おぬしみたいに勝ち気な娘はちょうどいい仲間じゃろうて」
 そう言ってから、姿勢を正す。

「では、講義を再開するかの」
「お願いします!」
 ソラとアーク、クックは頭を下げたが、ピピンは腕組みをしたままだった。そんなピピンを見て、知恵蔵はうっすら微笑みを浮かべた。

「先程の続きじゃが――今の科学でわかっている宇宙創生の謎は、事実に限りなく近いが、まだいくつもの要素で足りない部分がある。その証拠としてあげられるのが――この世界じゃ」
 ソラは首を傾げた。
「この世界?」
「そうじゃ。この世界は、お前さんも知っているとおり『恨みを持つ動物達』によって作られておる。と、いうことは――みんな、すでに死んでいる動物達ということになる。じゃが、先程あげた宇宙創生だけでは、この世界の存在を説明することが出来なくなってしまうのじゃ。そこでじゃ、こんな公式が成り立つ」

 知恵蔵はホワイトボードに向き直ると、キュキュキュと音をさせながら文字を書いた。
 そこには「エネルギー+質量=物質世界」と書かれている。

「難しくてよくわかんないよ」
 アークがぼやいた。
「まぁ、この辺りはニュアンスで感じ取ってくれればよい。要は、宇宙が誕生した際にすべてを満たしていた『エネルギー』が大爆発し、様々な粒子が誕生して絡みあうことにより、次第に質量が加わっていった。それにより、物質世界とされる今の宇宙が生まれたというわけじゃ」
「じゃぁ、あたい達が今いるところは?」
「そう、そこでこの公式が成り立つ」

 再びキュキュキュと音をさせながら、文字を書く。

「物質世界(有限)マイナス、質量→エネルギー……。これは、有限の世界から物質世界とさせておく質量が失われることにより、元の純粋なエネルギーに戻れるということをあらわしておる。要は、ここは『質量を失ったエネルギー体の世界』と言い換えることが出来るのじゃ。ま、人間流に言えば『あの世』ということになるかの」
「でも、僕達は体ごとこの世界に来てるんだよね?」
「さよう。それは、滅多なことでは起こらない程奇跡と言うべきものじゃ。何らかの不思議な力が作用して、お主らをこちらの世界に呼び込んだということになる」
「何のために?」
 アークの疑問に、ソラはハッ……と思い出したように告げる。

「『彼を探してくれ』って――僕は、そう言われてここに来た……」

「彼ぇ?」
 アークもピピンも、一斉にソラを振り返った。ソラは無言で頷く。
「うん。不思議な光から声がして、『彼を探して欲しい』って」
「彼って、誰だわさ?」
「それが……僕にも、名前がわからないんだ」
「それじゃぁ、探しようがないねぇ」
 クックは手羽先を組むと、深く溜息をついた。項垂れるソラ達を前に、知恵蔵が「オホン」と咳払いをする。

「どういう目的でここに来たかはともかくとして、今大事なのは『神様選挙』でいかに勝算を掴むか、じゃ」

「それで、質問なんだけど――」
 ソラが手を挙げた。
「何じゃね?」
「今の科学では、大爆発によって宇宙は出来たことになっているんでしょ? だとしたら、神様はどこにも関わっていないじゃない。どこに神様が出てくるの?」
「なら聞くが、ソラ。お主にとって神様とはどんな存在じゃ?」
 ソラは顔を歪めて俯いた。
「それがわかってたら……こんなふうに講義を受けてないよ」
「うむ、素直な解答じゃ。神様というのがどんな存在なのかなど、誰にもわからぬ。人間達の宗教では、それを論じることさえ禁じているものもある程じゃ。じゃがの、ひとつの見解として、宇宙を創った存在が神様と言えるなら、『大爆発の元となったエネルギーこそが、神様である』とも、言えるのではないかな?」
「あら、だったらおかしいじゃない。大爆発の元になったエネルギーを選挙で選ぶことなんて出来ないわさ。この神様選挙自体が、意味のないものになっちゃうわさ」

 ピピンは、何気なく思った通りのことを言っただけだった。
 しかし、その瞬間――明らかな程、空間の何かが歪んだ。
 ソラもアークも、みな一斉に周囲を見回した。突如不気味に歪んだ気配に、全身が総毛立った。
 この気配──明らかに「覚え」がある。……そう、講堂でソラ達を襲った「猛霊達と、同じ気配」──。
 緊張を走らせ周囲を見回すも、次第に空気は元の空気へと戻っていった。気がつくと、変わらない様子で知恵蔵が朗々と語っていた。

「小娘、意外に賢いな。ただ気が強いだけではないのう、感心したぞ。まさしく、そうなのじゃ。この選挙が『一体、何を目的として、いつ生まれたのか』など、誰もわからんのじゃ。じゃが、ひとつだけ確実に言えることがある」
「それは、何?」
「それは――他の候補者が勝てば、明らかに『人間を主軸とした世界がなくなるだろう』ということじゃ。この選挙の目的自体はわからぬが、何かしらの力が働いて、多くの動物達――それも、恨みを持つ者だけの魂をここに呼び寄せたことになる。一体、誰がそんなことをしたのかはわからぬが、これだけ多くの怒りのエネルギーがひとつとなって働けば、恐ろしいことが起こることは言うまでもない」
「それ、よくわかるよ」
 ソラが頷いた。
「未来ちゃん達の世界は、今、異常気象が続いてるって、パパが言ってた。僕がいなくなる前も、巨大台風が日本に接近してるって言ってたし――」
「それらに、猛霊達の影響があるだろうことは、言うまでもないじゃろうな」
 神妙に語られた言葉を耳に、仲間達はみな顔を見合わせた。

「だったら、僕らに何が出来るの? どうすれば、猛霊達の怒りを鎮められるの?」
「怒りに対峙するには、それを包みこむだけの『理解と共感』が必要じゃ」

「理解と共感?」

 ピピンとアークが首を傾げる。
「そんなの、無理だわさ。悪いことする奴らの、何を理解しろってのさ。共感なんて、出来るわけないじゃないさ」
「――お前さんは正直で大変よろしいが、ちと思慮が足りんのう。何か悪いことをする場合、『その背景には、どんなに些細でもきっかけや理由』があるものじゃ。何も理由がないところに、悲劇は起きぬ。その者が怒りを抱いた原因、それ自体を理解し、かつ共感し受け入れる――それが大切なんじゃ。どんな状況においても、怒りと怒りが問題を解決したことなどない。それは、歴史を見ても自明な事実じゃ」
「でも、僕らにそんなことは難しいよ。猛霊達は巨大な集団だし、僕らはちっぽけな小動物だもの。猛霊達と対等に向き合えるのなんて、神様ぐらいしか――」
 そこまで言って、ソラは息を呑んだ。目の前で、知恵蔵が満足げに頷いている。
「そうじゃ、そのとおりじゃ。だ・か・ら、お主が神様として立候補するのじゃ!」
 知恵蔵の言葉に、しばらくソラはきょとんとしていた。
 やがて、知恵蔵が言わんとしていること──自分が「立候補した理由」が、明確に形を帯びてきた。その思いを、ソラは小さく呟いた。

「僕が立候補したのは――みんなの……恨みを持つ動物達の『怒りを鎮める』為……?」

 知恵蔵はニッコリ微笑むと、深く頷いた。 「そういうことじゃ!」
 その瞬間、ソラの目に光が灯った。明るい笑顔で頷く。
「わかった、やってみるよ!」
 ソラは力強くそう宣言した。
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