第11章 最後の舞台挨拶
 様々な種の動物達が未来に希望を馳せた選挙活動が、漸く終わりを告げようとしていた。
 闇に染められた空が白い明るさを取り戻した時、遂に「神様選挙」の幕が切って落とされる。
 投票日当日の朝、ドームの周辺は報道陣が詰めかけてきて騒然としていた。報道陣というものの、勿論みな動物達である。講堂に来ることの出来ない動物達に向けて、神様選挙の展開を報じようと報道合戦が繰り広げられていた。

 その頃、ソラはドーム内の控え室に仲間達と一緒に待機していた。他の候補者――猿やライオン達はみな挨拶をする為舞台へと向かってしまったが、あろうことかソラはその中でもトリを務めなければならないのである。一番最後に舞台挨拶予定のソラは、テレビ画面に映るライバルである候補者達の様子を不安な気持ちを抱えたまま観察していた。

 テレビには、雄々しいライオンの姿が映し出されていた。豪華な黄金のたてがみを靡かせ、ナポレオン戴冠式の衣装を真似たというライオンの姿は、いつもに増して威厳を感じさせた。大きく腕を振りかざすと、声高らかにこう叫ぶ。

「我は、みなに宣言する! 人間が滅んだ後、世界は平和を取り戻すことを!
我は約束する! 我を拝み、助けを求める者に繁栄と祝福が与えることを!
我を拝まず、他の神を崇拝する者は死をもって罰せられる。
しかし、『我を神と認める者にはすべてに、今までにない楽園と平穏を与える』ことを、ここに誓おう!」

 その瞬間。地響きのような歓声と共に、ドーム内が大きく揺れた。
 多くの動物達がライオンの言葉に胸を震わせ、歓喜の声をあげた。テレビを通じてもその興奮と熱気は充分すぎる程伝わってきた。
 ピピンが大きく溜息を吐く。

「……さすがだわねぇ。だてに百獣の王名乗ってるわけじゃないんだわさ」
「――そうかねぇ? あたしゃ、結局言ってることは人間と大差ないように思えるよ」
 ふと、アークが時計を見てソラを振り返る。
「ねぇ、そろそろ時間じゃない? 舞台袖に行かないと」
「――うん」

 ソラはすっかりしょぼくれている。これほど圧倒的な力を持つライオンを目の当たりにしてしまっては、元気がなくなっても当然だ。
 只でさえ、ソラは選挙活動期間中ずっと、知恵蔵から講義を受けていただけで、何ら宣伝活動をしていないのだ。いわば、今からの挨拶が「最初で最後の宣伝活動」と言っても過言ではない。人間を憎み、人間を滅ぼそうという目論見で企てられた「神様選挙」の中で、自分はどこまで闘えるのか――考えただけでも不安になる。
 そんなソラの不安を見透かしたのか、クックがポン、とソラの肩を叩いた。

「あんまり難しいこと考えちゃ駄目だよ。もうここまで来たんだ、あとはやるだけのことをやるしかない。自分の全力を尽くすことだけ、考えるんだよ」

 クックの励ましに、ソラは小さく微笑んだ。「うん」と頷くと、仲間達を連れて舞台へと向かった。


 舞台裏に向かう途中、選挙管理スタッフの動物達はすでに「誰が当選するか」という話題で盛り上がっていた。口々にみな「やっぱりライオンだろう」「いや、猿だ。猿に違いない」と様々な憶測が交わされる中、ソラ達はただ静かに舞台へと向かう。脇を通り過ぎるソラのことなど、誰ひとり気付かなかった。
 挨拶はほぼ終わってしまったかのような雰囲気を感じさせる中、ソラは裾から客席を覗いた。スポットライトの影となって動物達の顔までは確認出来ないが、大勢の動物達がいるだろうことだけは気配で感じ取れる。

 ゴクリ、とソラは息を呑んだ。全身がピリピリと痺れ、頭もクラクラする。
 アークがソラを励まそうと、必死に背中をさすってくれた。

「ソラ、しっかり!」
「う、うん……」

 ソラはすっかりガチガチに固まっていた。初めてのことに、緊張しすぎているようだ。そんな中、スピーカーから声が響く。

「お待たせいたしました。六種目の候補者である『純白な子犬、榊野ソラ』の、最後の舞台挨拶です」

 アナウンスと同時に、ソラの体はさらにいっそう硬直した。
 舞台の中央は、ソラを照らす為にスポットライトが一斉に集中している。あの光を全身に浴びるのかと思うと、緊張はさらに増してしまった。
 動けなくなっているソラを、後ろから仲間達が「ほら、頑張って!」と押し出した。ソラは、ヨロヨロしながら舞台中央へと歩き出す。
 客席にいた動物達は、なかば挨拶はすべて終了したとでも言った様子で舞台に興味を持っていなかった。口々に候補者のことを話し合う中、ソラは舞台中央に立ちすくむ。

 誰も、ソラに意識を向ける者はいなかった。
 誰も、ソラの言葉に耳を貸そうとしない。
 しかしそれでも――ソラは、自分の力をすべてこの挨拶に託さなければならなかった。

 それは、自分達の為だけではない。
 未来や、パパ――人間達や、多くの動物達。
 そして、この星の未来の為に──。
 ソラは深呼吸をすると、マイクに向かって語りかけた。


「え――、お集まりの皆様」


 喧騒が僅かに鎮まった。そんな様子を、幕の陰からピピン達が不安げな表情で見つめている。

「僕が、神様に立候補した理由は――本当の意味で、世界に……いえ、地球全体に平和をもたらしたいと思ったからです」

 その瞬間、凄まじい轟音と共にあちこちで野次がとんだ。
 ソラのか細い声は、マイクを通しても掻き消される。それを見ていたクックが落ち着かない様子で叫んだ。

「ソラ、しっかり! 野次なんかに負けちゃ駄目だ!」

 ソラは、意外なことに逃げなかった。
 先程まであんなに緊張していたにも関わらず、野次が飛んだ瞬間落ち着いてしまったのだ。未来達を助けたいという正義感に、火が灯ったからかもしれない。
 再度深呼吸をした後、今度ははっきりと力強く告げる。

「皆さんが、人間を恨み、人間達の世界を滅ぼしたいという憎しみはよくわかります。僕の友達も人間の行為によって深く傷つき、憎悪を抱いてこの世界の住人となりました」

 それは、セレブレイトのことだった。
 セレブレイトは、このドームで姿を消して以来、一度もソラの前に現れていない。しかし、ソラにとって神様選挙に勝つということは、恨みを抱くセレブレイトを救う道でもあると、そう信じていた。

「だけど、だからといって人間達を滅ぼしたところで問題は解決しません。憎しみを解決する為に憎しみを対峙させたところで、何も進歩しません。それどころか、争いだけが繰り返されるばかりです。だからこそ僕は――『みんなが手を取り合うことで、許し合える世界になって欲しい』と、そう願っているのです!」

 ソラの叫びと同時に、客席は僅かに静けさを取り戻した。
 気がつけば、野次は少しずつ治まりつつあり、一部の動物達は真剣な表情で舞台上に立つソラを見つめるほどにまでなっていた。
 しかし、未だソラの言葉を聞こうとしない者達もいた。

「うるせぇぞ、クソガキが!」

 候補者であるサイが叫んだ。
「お前のようなチビ助に何がわかる! 人間に飼われたスパイが! 何の罪もない俺達野生動物が、人間共の贅沢品として扱われる屈辱を貴様はわかってるのか!」
「人間のした行為については、僕からも謝ります。でも、これからはお互いが理解しあえるようになることが――」
「ふざけてんじゃねぇぞ、チビ!」
 サイが叫んで舞台に向かおうとした、その時だ。

 サイよりも大きな影が、行く手を阻んだ。
 そこにいたのはゾウだ。ゾウは長い鼻でサイの前方を遮ると、低い声で語る。

「お前こそ、静かにしていろ。あの子の挨拶を、最後まで聞け」

 穏やかだが威厳を感じさせる雰囲気に、サイでさえも息を呑んだ。周囲を見渡すと、どうしたことか他の動物達も真剣な表情でソラを見ている。
 明らかに、その場の空気がソラの味方になりつつあった──。

「ありがとう、ゾウさん」

 ソラはペコリと頭を下げると、再びマイクと向き合った。
「皆さんにお伝えしたいのは――僕がもし、神様になったとしたら『神様という存在自体をなくしたい』ということです」

 その意外な言葉には、ドーム内が一斉にどよめいた。

「『神様をなくす』、だって?」
「馬鹿な! そんなこと、出来るわけがない」
 動揺する動物達に、ソラは再度言葉を告げた。

「ただひとりの神様ではなく、『みんなが神様となる』のです。みんなが神様となって、世界を守っていく――これが、僕が神様として選ばれた際の公約です」

 その言葉には、誰もが黙ってしまった。

「だってみなさん、考えてもみてください。この選挙期間、みなさんは『何のために、活動をしていた』のでしょうか? それは、誰かが神様となって神様の司令に従うための活動ではなく、『自分たちがこの星でどんな未来を創りたいのか』──そのための活動だったはずでしょう? みなさんの中の誰ひとりとして、『他の動物を滅ぼそう』という目的のもとで活動した方はいなかったはずです。
 それなら『みんなが神様となればいい』──みんなが神様となって、こころをひとつにして互いのことを思いやりこの星を守っていけば、二度と人間達が犯してしまったような過ちは起こらないはずです。僕はそう信じています!」

「じゃ、じゃぁさ」
 シマウマが恐る恐る尋ねた。
「僕達、絶滅を恐れなくていいってこと? ライオンに僕達みんな食べられて絶滅しちゃうとか、そんな心配は必要ないってこと?」
 シマウマの問いに、ライオンは「ガオォーッ」と吠えて威嚇した。そんな脅しにさえ、ソラは動じなかった。

「みんなが神様なのだから、みんなが平等です。誰かが特別で、誰かの権利を奪うなんてことはありません」

「そんなこと、出来るものかね?」
 神様役を演じていたのか、仙人のような出で立ちの猿が腕を組んで首を傾げた。
「今までみんな、『絶対的な力を持つ神』を信じてきたからこそ、世界の統制はとれていたんじゃないのか? それなのに信じる対象をなくしてしまったら、みんな勝手なことをし始めて、ますます混沌としちゃうんじゃないかね?」
「信じる対象をなくすのではありません。『みんな』を――『今、生きているみんな』を信じるのです。『みんなが神様』なんだから」
 ソラはそう言い終えた後、清々しい表情でこう締めくくった。

「誰かひとりの神様の為に、他の誰かが傷つく必要なんてない。『世界は神様の為にあるのではなく、みんなの為にある』のだから――みんなの幸福の為に、みんなの未来の為に、地球は存在するのです! そして、その地球の未来を守ることが、僕たち……人間を含めての動物達の未来を──いえ、地球に存在する生命を守ることになるのです! 本当に神様がいるとしたら……それは、『地球に生きる生命すべて』だと、僕は思うのです! その『生命すべて』を、僕は守りたいのです!」

 ソラのコメントに、動物達はみな一斉に黙り込んでしまった。
 先程までいきり立っていたサイも、そしてゾウも、黙って何かを考え倦ねている。
 ふと、どこからともなく「カランカランカラン」と音がした。同時に、アナウンスが響く。

「挨拶終了! 今から投票を開始します。候補者のみなさんは、控え室へと戻ってください」

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