第12章 神様選挙の裏にあった隠謀
 地球の運命を決する「神様選挙」の最後の挨拶が終わってから──はや半日が経過しようとしている。ソラの挨拶が終わってすぐに投票が開始され、その3時間後からは開票もされているはずだから──今頃はもう、「次の神様」がある程度は見えつつある時期なのだろうか……。

 神様候補のライオンも、当選確実とされているサルも──乱暴者のサイでさえ、きっと今頃は緊張した面持ちでそわそわしていることだろう。自分たちの種族のためとはいえ──この星における唯一の「神様」になるのだから……緊張せずにいられないのも当然のことだ。

 しかし一方、そんな緊張は「どこ吹く風」で、リラックスしまくりの存在もいる──。

 候補者の中でもっとも「ちっちゃかった子犬」ソラは……まるで力を出し尽くしたとでも言わんばかりに、控え室に辿り着くや否や「バタン」とソファーに倒れてしまった。「くわぁーっ、くわぁーっ」といびきをかきながら眠り続けるソラを見て、ピピンは呆れるように溜息を吐いた。

「呑気なものよねぇ……。自分達の命がかかってるっていうのにさぁ」
「この子はよくやったよ。少しぐらい、休ませておあげ」
 クックはそう言いながらソラにブランケットをかけ、優しくソラの頭を撫でた。

「それにしてもさぁ……、選挙の結果──どうなってるンだろう……」
 壁に寄りかかった状態で、アークが尋ねる。ピピンは口先に指をあてると「んんん!」と唸った。

「やっぱ気になるンだわさ!」

 そう叫ぶとテレビの前にダッシュし、スイッチを入れた。
 「ツィン」という音と同時に一本線が走った後、瞬時に画面が映し出された。画面には、一目で分かる程慌てふためいているキツネのリポーターがいた。早口でしきりに捲し立てている。
「あらあら。なんだかたいそうなことになってそうだねぇ……」
 キツネの鬼気迫る表情に何か感じたものがあるのか、クックは呑気な声でそう言いながら画面を覗き込んだ。「ボリュームボリューム」と騒ぎ立てるアークのそばで、ピピンがリモコンを操作する。
 キツネの緊迫した雰囲気が声になって、部屋中に響き渡った。

「皆さん! 『まこっっっっと!』に驚くべきことが起こっています! 神様選挙当選確実とされていましたサルは次点となり、現状のトップを『純白な子犬、榊野ソラ』が勝ち抜いています!」

「へ…………?」

 ──愕然とした。
 点になってしまった目を、三匹そろって何度もパチクリ瞬きさせる。


 あまりに驚きすぎて、どう反応していいのかわからなかった。
 漸く事態を理解した瞬間、三匹は一斉に金切り声をあげた。
「な、な、な、何だってぇぇぇぇぇ!!」
 僅かにハモった驚愕の声にさえも、ソラは微動だにせず眠りこけている。

「う、う、う、嘘でしょぉ!」


 ピピンが慌ててリモコンを操作した。しかし、どのチャンネルを廻しても報道されているのは『純白な子犬、榊野ソラのひとり勝ち』だ。

 三匹は「アワアワ」言いながら、部屋中を走り回った。
「嘘でしょ、嘘でしょ」を連発するピピンに「あらやだ、どうしましょ。どうしましょ」を連発するクック。
 アークは「とにかく大変だぁ、大変だぁ」と騒ぎながら二匹の後を必死に追いかけ回した。
 やがて、こんなふうに無意味に走り回っていても仕方ない事実に気がついたクックが、熟睡しているソラの元に走り寄った。

「ちょ、ちょいとソラ! 大変なことになってるよ! 早く起きて! 早く!」

 揺り起こされて、ソラもようやく気がついた。しかし、まだ眠いのか目を擦りながら「なぁに?」と尋ねる。

「『なぁに』じゃないよ! あんた、選挙の結果がすごいことになっちゃってるんだよぉ!」

 クックに無理矢理引きずられても、「ううん、なぁにぃ」とソラはまだ寝惚けている。
 テレビの前に座らせられ、その画面に表示されている映像を確認したところで、漸く目を覚ましたようである。一瞬にして大きく見開いた目を、何度もしばたたせた。


「こ、これ……、僕が勝ってるの?」


 信じられないと言った表情で、ソラが振り返る。
 三匹はにんまりと笑って、一斉に「うん!」と頷いた。
「――よくやったねぇ、ソラ。あたしゃ嬉しいよ」
 そう言いながら、クックはエプロンで涙を拭いた。
「ホ、ホントのホントに、僕が勝っちゃってるの?」
「あったりまえじゃないさ! ちゃんとよく見なさいよ!」
 ピピンがソラの後頭部を掴み、テレビ画面に押し付けた。ゴン、と鈍い音と共に額を打ち付けられ、ソラは短い手をピョコピョコばたつかせて必死に藻掻いた。
「い……いたたたた! ピピン、こんなにテレビに押し付けたら、画面が見えないよ」

 ふと、その時。
 控え室内に放送が流れた。

「榊野ソラ様。いらっしゃいましたら、至急、ステージまでいらして下さい」

 ソラ達は一斉に顔を見合わせた。
「な……何だろう」
 不安げなソラに向かい、クックは「とにかく、行ってみるしかないね」と言うと、四匹連れ立って控え室を出た。

 呼び出されたソラ達は、舞台裾へ向かう通路を歩いていた。
 不思議なことに、あれだけ溢れていた動物達は影を潜め、誰もいなくなってしまったかのような静けさだ。

「――ついに! ついについに、あんたが神様になるんだわね! くぅ──っ! ドキドキするぅ──!」
 ピピンがゾクゾクしながら言った。反して、ソラは冷静だ。
「違うよ、ピピン。僕が神様になるんじゃなくて、『みんなが神様』になるんだよ」
 ソラの指摘に、ピピンは頬を膨らませて「……わかってるわさ。言ってみたかっただけだわさ」と呟いた。
「でもさぁ、僕達大丈夫かなぁ。ライオンやサイ達に襲われたりしないかな」
 アークの不安は決して否定出来ない。その可能性がある分、クックは神妙な面もちで頷いた。
「そうならないよう、みんなでソラをフォローするよ!」
 クックの呼びかけに、ピピン達は「おう!」と声をあげた。


 通路を進むにつれ、遠くからガヤガヤと声が聞こえてきた。
 クック達は僅かに緊張を走らせる。ソラを中央にし、囲むようにして先に進んだ。
 通路の壁が途切れ、ソラ達が顔を覗かせた――その瞬間。

 そこにいたのは、大勢の動物達だ。
 ゾウ、キリン、クマ、バッファロー……。天空には蝶やトンボ、高い位置にはトンビがいる。
 呆然とするソラの前に、せわしく羽ばたきする鳥が降りてきた。ハチドリだ。ソラの視点にあうようハチドリは一生懸命調整しながら、甲高い声でこう告げた。

「おめでとう。あんたが次の神様だよ」

「えっ?」

 その瞬間。数え切れない動物達が、ソラを振り返った。優しい笑顔を浮かべ、一斉に拍手をした。

「こ、これは――」

 ソラはそう呟くので精一杯だ。
 ソラ達の前に現れたのは、ソラの当選を祝う動物達だった。その花道は、舞台まで延々続いている。

「どうして? どうして――みんな」

 ソラは困惑した。
 あれほどまでに人間を恨み、ソラを軽蔑していた動物達が、何故このように迎えてくれるのだろう。一体、何がここまで動物達を変えたというのだろう──。
 ふと、動物達の奥から貫禄のある存在が姿を現した。
 ──ライオンだ。
 ハチドリが言ったようにソラが当選したのであれば、ライオンは当然激怒しているに違いない。そう思ったピピンとクックには緊張が走った。ソラを庇おうと、ぐいっと足を前に出す。
 しかし、意外なことにライオンの表情は穏やかだった。ただじっと、ソラのつぶらな瞳を見つめている。

「……おめでとう、ソラ君」

 ライオンが静かに語る。
「今までさんざん、乱暴なことをしてすまなかった。俺達ライオン族は、あんたの挨拶を聞いたあと、じっくり考えたんだ。本当にこの星に大切なことは、みんなが協力しあうことなんじゃないかって」
 そう言うライオンの背後には、風格あるライオン達が立っていた。みな同様に笑みを浮かべ、じっとソラを見つめている。
「俺達は、人間同様の力を持てば、世界を無理矢理にでも力ずくで平和にさせられると、そう信じていた。だけど、力から生じる結果は、同じように押し付けられたものでしかないことに、やっと気がついたんだ……」
 ライオンはそう言うと、腰を落とした。ソラと同じ視線の高さで、こう告げる。

「人間は恨めしいが、でも、俺達にとって地球は『生命の源』だ。地球を守る為に、そして、世界の未来を守る為に、あんたに賭けさせてもらうとするよ」

 ライオンが語り終わると、他の動物達も一斉に拍手をした。中には、すでに滅んでしまったニホンオオカミやドードー、現在滅びの危機にあるアムールヒョウなどもいる。地球で絶滅してしまった動物達は一歩前に踏み出ると、ソラに拍手をしながらこう告げた。

「これからは、どんな動物も滅ばずに済むような、そんな世界にしておくれ」

 みんなの声を聞き、ソラの胸に熱いものが込み上げてきた。
 そう。どんなに恨みを持っていても、みなの願いは一緒だったのだ。


 地球を守りたい。
 みんなの世界を、未来に残したい。
 その祈りの為に、どうすることが大切なのか――その答えを、動物達自らが出したのだ。


「ありがとう、みんな! どうもありがとう」

 ソラは、何度御礼を言っても足りないと、心からそう思った。
 そう言えば、知恵蔵が言っていたっけ。
「怒りを鎮める為に必要なのは、『理解と共感』じゃ」と。
 もっとも、憎悪と恨みだけになってしまった猛霊相手に理解と共感がどこまで通用するのか、ソラにはまだ自信がない。だけど、今目の前にいる動物達に対してはお互いに手を取り合うことが出来たのではないかと、ソラはそんなふうに感じた。

 花道は舞台裾まで続いていた。その中を進んでいくと、道の終わりに見慣れた存在が立っているのに気がついた。

「知恵蔵さん!」

 知恵蔵は「フォッフォッフォ」と笑いながら、嬉しそうに目を細めた。
「よくやったぞ、ソラ。大したものじゃ」
「ありがとう、知恵蔵さん! 知恵蔵さんがいろいろ教えてくれたおかげだよ」
「いんや。儂はなぁんもしておらん。お主の謙虚さが、みなの心を変えたのじゃ。――さ。行って、みなの為に挨拶するがよい」

 ソラは、初めて舞台挨拶をする時とは打って変わった清々しい気持ちで、舞台の中央へと立った。
 昨日はソラの言葉に耳を貸そうとしなかった動物達が、みな笑顔でソラを見つめている。


「みんな、みんな――どうもありがとう!」

 ソラは、マイクを前に大きく呼びかけた。
 ソラの声が講堂内に響き渡り、それと同時に動物達がみな歓声をあげる。色とりどりの鳥や蝶が天井近くで舞い、まるで華やかな紙テープのようだ。

「みなさんのおかげで、新しい未来が訪れます。人間と動物達が共に生きるそんな世界に、みんなの力でしていきましょう!」

 ソラの呼びかけに、再び動物達が声をあげた。祝杯ムードに盛り上がる講堂内で、ソラは高らかに叫んだ。

「これからの未来、誰かが特別なんじゃない。誰かが優遇され、誰かが排斥されるなんてことは起こらない。『みんなが神様』なんです!」

 動物達の歓声があがった。
 みんな、人間に対する憎悪や恨みを捨て、新たな未来に希望を抱いた。舞台裾から見ている知恵蔵の目にも、うっすら涙が浮かんだ――
 ……その時。


 ――ソウハサセヌ。


 地の奥底から響くような、不気味な声がした。その声が聞こえた瞬間、講堂内に戦慄が走った。何か良からぬ者が語りかけているということを、動物達が感じたからだ。
 張り詰めるような緊張が周囲に満ちた。辺りを見回し声の主を捜そうとするも、どこにも姿はない。
 一瞬にして、祝杯ムードは掻き消された。喜びの波が一気に引くと同時に、漆黒の闇がドアというドアから忍び込んできた。煙のように入り込んでくる闇を見て、ピピンが瞬時に青ざめた。

「ま……まさか!」

 ピピンが感じたのと同じ予感を、ソラは勿論、知恵蔵、クック、いつもは鈍いアークでさえも感じ取っていた。そもそもソラを始めとする四匹は、今ドアから溶け出すように入り込んで来ている闇に、かつて襲われたことがあるのだから……。
 ソラは舞台の中央に立ったまま、ゴクリと息を呑んだ。


「猛霊が……来た――」


 動物達は一斉に悲鳴をあげた。あちこちに逃げまどい、講堂内はパニックに陥った。しかし逃げようにも、ドアというドアから猛霊が入り込んでくるから逃げ場がない。我先に逃げようとしたサルを、猛霊はまるで手掴みするように持ち上げたかと思うと、そのまま呑み込んでしまった──。
 それを見た動物達は、またさらにパニックを起こした。

「みなさん、落ちついて! 取り乱してはいけません!」

 もはや、ソラの言葉に誰も耳を貸そうとしなかった。地獄と化した講堂を前に、ソラが呆然としていた──その時。
「ソラ! 何をしておる! こうなってしまってはもうおしまいじゃ! 儂の力だけじゃ太刀打ち出来ん! 儂らも逃げるぞ!」
 知恵蔵の呼び掛けに、ソラは我を取り戻した。
 しかし、猛霊はまるで知恵蔵の言葉を聞いていたかのように低く笑った。


 ――オ前達全員、ココカラ逃ガシハセヌ。皆、『我ノ一部』トナルガイイ。


 猛霊の宣言と同時に、講堂が「ぐにゃり」と歪んだ。椅子、壁、ステージ……すべてが形を崩し、まるで溶けていくかのようだった。講堂を象っていた物質、すべてが闇へと変化していく。そんな驚くべき光景を前にして、知恵蔵が叫んだ。

「……そうか! この『講堂自体』が、猛霊によって造られていたというわけか!」
「何それ! ど、ど、ど、どういうことよ!」
 ピピンの問いは知恵蔵の耳に届いていなかった。それは知恵蔵が真実を見抜き、すべての隠謀に気づいた瞬間だったからだ。


「――なるほど。これで謎が解けたわい。神様選挙、そのものを企てたのは『猛霊』じゃ!」


 断言された言葉に、ソラ達はただ呆然と立ち尽くした。
 猛霊が、「神様選挙を企てた」──?

「ど、どうしてそんなことを!」
「猛霊は、『世界を滅ぼす為のエネルギー』を欲しておった。動物達の恨みのエネルギーを吸い込むことで、猛霊は強大となる。その為に、この嘆きの都で神様選挙を餌に、恨みを持つ動物達の魂を呼び寄せたのじゃ!」

 知恵蔵は翼を広げバサバサと天井に舞い上がった。
「知恵蔵さん、どこへ!」
 ソラは知恵蔵を追おうとするも、講堂に残された動物達が気がかりで一歩も動けなかった。目の前で響き渡る阿鼻叫喚──。もはや半分近くの動物達が、猛霊に呑み込まれてしまっていた。
 ソラのこころは、哀しみと恐怖で押し潰されそうだった。どうしていいのか分からず、ただただかぶりを振り続けた。黒いつぶらな瞳から、幾筋も涙がこぼれた──その時。


「何をしておる! 早く逃げるぞ!」


 その叫びに、ソラはハッと目を見開いた。ソラが気づくより早く、クックやピピンが「ほら、早く!」とソラの手を引いた。知恵蔵は壁の奥を翼で指し示している。
「この先に小さな排気口がある。お主達のような小動物なら、何なく抜け出せるはずじゃ。そこから講堂の外に出ろ。儂も後から行く!」
「だ、だけど――出た後はどっちに行けば……」
「『光の方角』じゃ。猛霊は光に弱い。光に当たれば猛霊はたちまち退く。だからとにかく、光を探して逃げるのじゃ!」
「わ……わかった!」

 ソラは頷くと、仲間達を連れ一斉に走り出した。
 背後から、動物達の悲鳴が聞こえる。みんなが呑み込まれていくことに、ソラは胸が引き裂かれそうだった。こうして自分達だけ逃げていいのだろうか――そんな迷いが頭をもたげた。と、その時。

「駄目だ、塞がってるよ!」

 アークが叫んだ。
 見ると、知恵蔵が告げた排気口は、テープで塞がれていたのだ。必死に剥がそうとするも、あちこちから猛霊が染み出て来る。

「ここは駄目だ! 別のところを探そう!」

 ソラの合図に、再び仲間達は走り出した。
 でも一体、どこに逃げればいいというのか。この講堂そのものが猛霊で出来ているのならば、どこに逃げたって同じじゃないか――ソラはそんなふうにも思う。それに、ここにはまだ大勢の動物達が残されているのだ。自分たちが逃げ出して……果たしていいのだろうか。
 ソラは迷いを振り払うようにかぶりを振った後、力強くこう叫んだ。

「僕、やっぱり戻ってみんなと一緒に闘うよ! だから、ピピン達は先に行って!」

 突如告げられたソラの言葉に、仲間達は驚愕の形相で振り返った。
「む、無理だよ! 闘うって、どうやって闘う気だよ」
「そうだわさ! あんな化け物相手に、あンたみたいなチビっ子が敵うわけなんかないわさ!」
「でも、僕はさっき『みんなで神様になろう』って、そう約束したばかりなんだよ。それなのに、僕だけ逃げるなんて――そんなこと出来ないよ!」

 ソラの言い分は一理あると、ピピン達も思った。
 しかし、次から次へと這い出てくる猛霊相手に、何をすればいいのかもわからない。
 ふと、その時だ。


「うおりゃぁ――――っ!」


 もの凄い雄叫びと共に、猛霊達が霧散した。次から次へと遅いかかる猛霊を振り払うように、棍棒が振り回された。その猛々しい姿に、ソラ達は驚いて顔を上げる。
 するとそこには、ライオンの姿があった。

「ライオンさん!」

 その場にいた猛霊すべてを掻き散らした後、ライオンは息を切らせながらソラと向き合った。
「ソラ、早く仲間達を連れて逃げなさい! そこに別の排気口がある。それを使えば、外に出られるはずだ!」
 ライオンの指し示した場所を見ると、僅か壁を伝った上に排気口があった。どうやら、そこはまだ塞がっていないようだ。
 しかし、ソラは動かなかった。

「ライオンさん、駄目だよ! 僕、ここに残ってみんなと一緒に闘う。だって僕、みんなに約束したばかりだもの。『これからの未来、みんなで神様になろう』って――!」
「だからといって、無駄死にしても意味がない!」

 ライオンはそう言うと、再び棍棒を振り回した。ソラを狙って、闇が襲いかかってきたからだ。ソラを守るようにして棍棒を振り回すと、瞬く間に猛霊が消えていく。しばしの安全を確保した後、ライオンは再びソラに向き合った。
「……お前は、生身のままこの世界に迷い込んだと聞いている。お前にはきっと、俺達では成し遂げられない使命があるのだろう。その使命を達成させる為に生き延びろ! ここは俺に任せて、お前達は早く逃げるんだ!」

 ここに残るということがどういう意味を含んでいるのか、ソラにもよくわかっていた。ライオンは、自分が猛霊に呑み込まれることを、最初から覚悟しているのだ……。
「む、無理だよ! そんなの無理だ! ライオンさんや、みんなを置いて行けないよ! 僕、みんなを見殺しになんて出来ないよ!」
 ソラの叫びは、涙でかすれていた。とめどなく溢れる涙で、ソラは何度もしゃくりあげる。
「行け! ……これは、俺達動物『みんなの願い』でもあるんだ」
 そう言うとライオンは腰をかがめ、泣き続けるソラの肩をぎゅっと掴んだ。


「このままでは世界は、人間・動物の見境なく、猛霊にすべて滅ぼされてしまう! ……そんな世界、俺はごめんだ。俺達は、お前が誓った未来に希望を見出したんだ。『人間と動物、自然が手を取り合える世界』を実現する為に、頼むから生きのびてくれ!」


 決意しきれないソラを見かねて、クックが声をかけた。
「――行こう。ライオンの気持ちを、無駄にするんじゃないよ」
 ソラの涙は相変わらず止まらないが、ライオンの気持ちは痛い程伝わってきた。

「ありがとう……ライオンさん」

 小さく呟くと、踵を返して排気口へと向かった。
 ソラとその仲間達が遠ざかったことを確認すると、それまで棍棒を振り回していたライオンは、静かに腕を下ろした。全身の力を抜き、強ばっていた表情も穏やかになった。
 ライオンの攻撃心がなくなったことに気づくと、今までの仕返しとばかりに大量な猛霊が飛びかかってきた。しかし、ライオンはそれでもそこに立ち尽くしていた。

「『人間の神』よ……」
 独り言のように呟く。
「俺はあんたが嫌いだが──もしもいるなら――ソラを、あの子達を守ってやってくれ」

 次の瞬間。
 津波のように押し寄せる猛霊が、勇敢なライオンを頭から足先までそのまま呑み込んだ。


 排気口を進むソラ達は、猛霊の追随を受けることなくひたすら走り抜けていた。
 だが、この講堂自体が猛霊なのだ。この排気口だって安全なわけではない。突如ぐにゃりと歪んだ瞬間、ソラ達を押し潰そうと蠢き始めた。

「早く! 早くみんな走って!」

 出口を蹴破り飛び降りると、そこはすでに猛霊達の闇に包まれていた。逃げ場がないことに気付くと、ソラ達はガクリと肩を落とす。
「そんな。ここを出れば外に繋がるって、そう言ってたのに」
 もうここまでだ――そう思って諦めかけた、その時。

「こっちじゃ、こっち!」

 知恵蔵の声が響いた。
 見ると、知恵蔵の体が全身黄金色に輝いているではないか。その上、後ろにはセレブレイトを従えている。セレブレイトも、全身が青白い炎に包まれていた。

「ち、知恵蔵さん! それに、セレブレイトさんも!」
「儂らの霊力が光の代わりを果たし、猛霊を遠ざけることが出来る! 急げ! 儂について来るのじゃ」

 その叫びと同時に、知恵蔵がみなを誘導するように飛び立った。その後を、ソラ、ピピン、アークにクックが続く。そして、一番最後尾を守るようにして、セレブレイトが続いた。
「どこへ行くの?」 
走りながらソラが叫んだ。知恵蔵は前方を見据えたまま、こう答えた。

「『深海砂漠』じゃ!」

「し……深海砂漠? でも、知恵蔵さん、あそこは危険だって――」
「危険なのは確かじゃが、この『嘆きの都』はまもなくすべて猛霊に呑み込まれる。もう、深海砂漠しか逃げ場はない!」
 知恵蔵の言葉に、ソラはしばらく呆然とした。
 しかし、知恵蔵が言うように「そこしか逃げ場がない」ことに気づくと、決意するように前方を見つめ走り続けた。

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