第13章 深海砂漠
 ──深海砂漠。
 その先には「神がいる」と言われている。
 ソラ達は、猛霊に呑み込まれようとしている「嘆きの都」を脱し、深海砂漠を目指してひたすら走り続けた。無事講堂を出ることは出来たものの、背後には猛霊が迫っている。まるでソラ達の行く手を知っているかのように、ずっと追い続けてくるのだ。

「あ、あいつら、何で僕達の行く方向がわかるの?」

 そんなアークの問いに、誰も答える余裕はなかった。もう逃げ切れないというところまで猛霊が迫った――その時。

「セレブレイト、後を頼んだぞ!」

 そう言って、知恵蔵が猛霊に立ち向かっていった。
「知恵蔵さん!」
 ソラが知恵蔵の後を追おうとする。それを、セレブレイトが止めた。肩を抑えられたまま、ソラは必死に藻掻いた。
「知恵蔵さん! 待って、行かないで!」
 知恵蔵は高く高く飛び立ちながら、叫び続けた。

「いいか、お主達! 『光』に向かって進むのじゃ! 深海砂漠を乗り越え、神を探すのじゃ!」

 どんどん小さくなっていく知恵蔵を見て、ピピンがぽつんと呟いた。
「ち、知恵蔵は、どうしようとしているのさ?」
「……『星』に、なろうとしている」

「――星?」

「この世界で猛霊が力を発揮出来るのは、太陽も星もないからだ。知恵蔵は自らの体を松明のように燃やし、一時的に星となって、猛霊からお前達を守ろうとしているんだ」
「そんな! 駄目だ!」
 ソラは藻掻いた。
「駄目だ、駄目だよ! 知恵蔵さん!」


 その瞬間。
 闇の空に閃光が走ったかと思うと、次の瞬間には大きな星が輝いていた。
 青白く輝くその星を前にした瞬間、猛霊達は低い呻き声をあげながら身を引いていった。

「嘘……。知恵蔵さんは、知恵蔵さんはどこ?」

 どんなに空を探しても、知恵蔵の姿はどこにもなかった。ただひとつ、青白い星が輝いているだけだった。
「あの星が、知恵蔵なの? そんな――嘘でしょ? もう、知恵蔵と会うことが出来ないなんて……」
 そう呟くピピンの瞳から、大粒の涙が零れた。
「あんなヨボヨボのおじいさんとは思えない程、綺麗な星になったもんだねぇ」
 クックが戯けて言った。しかし、声は涙で震えている。

 ソラはセレブレイトの腕の中で、小さく震え続けた。涙がとめどなく溢れ、その場にしゃがみ込む。
「みんなが……みんなが、僕のせいで犠牲になった。ライオンさんも、知恵蔵さんも……」
「甘ったれたことを言うな」
 突然放たれたセレブレイトの厳しい言葉に、ソラは勿論、ピピンもクックもきょとんとした。
「ライオンもフクロウも、『自ら選んだ道』に進んだだけだ。お前の犠牲にあったとか、そんな問題じゃない」
「そ、そりゃそうだけどさ! 少しぐらい、ソラに悲しむ時間をあげたっていいじゃないさ!」
 ピピンの抗議にも、セレブレイトは「フン」と鼻を鳴らしただけだった。
「悲しむのは、無事逃げられてからにするんだな。今は、一刻の猶予もならん。知恵蔵の死を無駄にしたくないのなら、とにかく今は走り続けろ」
 セレブレイトはそう言うと、ソラを立たせた。
 ソラの心情を慮って、ピピン達が優しくソラを撫でる。みな、励ますように頷きあうと、再びその場を走り出した。
 そんな五匹の行く末を、星となった知恵蔵が優しく見守っていた。

* * *


 知恵蔵が星となって松明のように身を輝かせてくれたおかげで、猛霊はだいぶソラ達から引き離された。
 街さえもないただの道を歩き続け、どれほどの時間が経っただろう。疲労は限界に達し、もう歩けないと思った――その時。

「ちょいと! ちょいと、ちょいとあんた達!」

 クックの甲高い声が響いた。
 見上げると、クックは松の木の枝に止まり、前方を指し示している。
「見えたよ! この先に砂漠がある。きっとあれが、深海砂漠だよ!」
 ピピンとアークが、安堵したように溜息を吐いた。

 しばらく道なりに進んだ五匹は、ついに深海砂漠にたどり着いた。
 ──深海砂漠。
 それは、名前の通り深い海のように、穏やかで、そして神秘的な世界なのだと、そう思っていた。
 だが、現実は異なった。真っ白のサラサラな砂は果てしなくどこまでも広がり、ただ何もない大地が広がるだけだ。

「ここが……本当に、深海砂漠なの?」

 ソラが呟いた。
「だって、ここをずっと先に行ったところに、神様がいるんでしょ? こんな、何もないところに神様はいるっていうの?」
 ソラのぼやきは、そこにいるみんなの思いでもあった。みな、あまりにだだっ広い空間を前にして、愕然とするのみだ。

「ここはかつて、緑豊かな草原だった」

 セレブレイトはそう言って、ソラ達を背に歩き出す。足を止め、全体に視線を廻らせた。
 視界を遮るものは何もない。あるのは荒涼とした砂の海だ。

「草原? それなのにどうして、こんな干からびちゃったのさ」
「この草原は、人間を含む生物たちにとって、共通の楽園だった。人間も動物も植物も、あらゆる生命がこの楽園を楽しんだ。だが、人間が自らの神のみを信じ、自らの法ですべてを支配してからは、この楽園は次第に寂れていった。やがて、目の前にあるような砂漠となった――」
「だとしたら、知恵蔵さんが言ってた『幻覚や化け物がいる』というのは……」
「当時の楽園から、未だ解き放たれない存在さ。みな、この砂漠で迷っている。神を求め、しかしたどり着くことも出来ず、砂漠化してしまったこの場所で彷徨い続けているんだ」
「じゃ、じゃぁさ――下手をしたら、僕らも迷子になっちゃったりして、その――幻になったりなんか、しちゃったりして――」
「あり得ない話じゃない」

 さらりと答えて、セレブレイトは歩き出した。
 セレブレイトの背中を見つめたまま、ソラ達は呆然と突っ立ったままだ。

「どうした。来ないのか? 言っておくが、戻ってもお前達の居場所はないぞ。あるのは、お前達を呑み込もうとしている猛霊だけだ」
 強迫めいた言葉に、ピピンとアークはぶるりと身を震わせた。「い、行きます! 行きますですよ!」と慌ててセレブレイトの後を追う。その後を、クックも続いた。
 ――しかし。

「どうした、ソラ。お前は残るのか?」

 セレブレイトの視線の先で、ソラは何かを考えているように佇んでいた。しばらく視線を落とした後、再度顔をあげる。

「……セレブレイトさん、どうしてそんなに、深海砂漠について詳しいの?」

 ソラの疑問に、セレブレイトは侮蔑するような笑いを浮かべた。
「――この世界では、常識だからさ」
 吐き捨てるように言った後、再び背中を向ける。「来る気がないなら置いていくぞ」と告げ歩き出したセレブレイトに、ピピン達はみな続いた。

 ソラは、どうも「何かが引っかかっていた」。
 気になることはあるのだが、あまりに漠然としていて、それが何なのかまるでわからない。しばらく悩んだものの、四匹の後に続いて歩き出した。

 乾いた風が、辺り一面に砂塵を撒き散らした。
 白い砂に、星のない闇。風がソラ達の毛を靡かせても、歌声は聴かせてくれない静寂の空間――。
 ソラ達は、ただ黙々と歩き続けた。
 時折、青白い煙のようなものが蠢いて、ソラ達の視界を横切った。これが元楽園の残骸達なのかと、ソラはそんなふうに思う。まるで、再びここが楽園になることを夢見て、助けを求めているかのようだ。

「……怖いところだね、ここは。あたしゃ、こんな恐ろしいところがあるなんて、考えもしなかったよ」

 クックが呟いた。クックらしからぬ震えた声に、さきほどから身を震わせているアークも頷く。
「な、何が怖いってさ――ここ、『何もない』んだよ。死骸もなければ、楽園だった形跡もない。嘆きの都の方が、遙かに良かったよ。だって、あそこはまだ他の動物達がいたもの」
 そう。この砂漠の怖さは、『生命が何も存在しないこと』だ。地球上の砂漠だって、そこに生きる生命は存在する。だが、この深海砂漠には微生物の存在さえないだろう。あるのは、昔の名残を惜しむかつての生命ばかり。躍動感もなく、実体さえもない、ただの幻ばかり。
「あ……あたい達無事、神様のところに着けるのかしら? こんなところで、幻の仲間入りするのはゴメンだわサ」
 ピピンのぼやきに、先頭を歩いていたセレブレイトは一瞥するように視線を送った。

「無駄口叩いてないで、さっさと歩け。でないと、俺達を探している猛霊に追いつかれるぞ。あいつらが神の領域に踏み込んだら、深海砂漠だけでなく地球もこんな景色になるってことを忘れるな」

 発破をかけるはずの言葉が、四匹全員かえって震え上がってしまった。
「ほ……本当? 猛霊が神様のところに行ったら、世界がこんなふうになっちゃうの?」
「当たり前だ。あいつらの目的は、『すべての源になる』ことだ。あいつらが神をも呑み込み、新たな源となれば、すべての生命が姿を消す。俺達だけじゃない――地球にいる生命すべて、だ」
「せ……責任重大だわさ」
「そう思うなら、不安を掻き立てるようなことを言わず、ただひたすら歩け」
 そう言い捨てると、セレブレイトは再び前方に向き直った。

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