第18章 ガナルダ仙人の試練
 白い砂と紺碧の闇が包みこむ砂漠を旅してから、どれほどの時が経過したのだろう──?
 ソラもピピン達も、みな一体いつから歩きはじめ、今までどのぐらい歩いてきたのかさえわからなくなっている。あまりに変わらない景色と変わらない日常に、ソラは自分達が生まれた時からずっと旅をしているのではないかなどとと思い始めた程だ。目的をもった旅は、少しずつ「歩くためだけの旅」へと変化しつつあった。

「あたい達、気がついたら『ただ歩くだけ』になっちゃってるけど――これって、意味あるのかしら」
 ピピンが呟くように言う。
「そんなの、僕にだってわからないよ。でも、意味があるかどうかよりも、とにかく神様のところに行かなくちゃいけないんだ。そこに辿り着くまでは、僕たちはいつまでだって歩かなくちゃならないんだ」
 ソラの説得に、ピピンは「そうなんだけどさぁ」と唇を尖らせながら反論する。

「よくよく考えたらさ、あたい達がここまでする必要ってあるのかしらって気がするんだわさ。ここまでやっても、『結局、人間が悪さして世界滅ぼしちゃったら、意味ない』じゃんさ」
 ピピンのぼやきに、アークが「悪さって、例えば?」と尋ねる。
「戦争とか、自然破壊とかよ。どんなに人間と動物が仲良くなったって、人間同士が仲悪かったり、欲張りな一部の人間が世界をメチャクチャにしちゃったら、まったくもって無意味なんだわさ」
 ピピンはそう言って、呆れたように手を広げる。

 ソラは哀しかった。
 ピピンを責める気になど、到底なれない。むしろ、ソラ自身も「ピピンと同じように感じたことがあるからこそ」、哀しかったのである。

 あれほど、未来達を助けようと深く決意したというのに。
 あれほど、シャーマンの谷で美しい地球を仰ぎ、神の元へたどり着こうと決意したというのに。
 どうして、決意というものはまるで陽炎のごとく日によって姿を変えてしまうのだろう。
 そのこと自体が、ソラは哀しくて仕方なかった……。

 そんな迷いを抱えた、翌日のことである。
 ソラ達が目覚めると、辺り一面真っ白な霧に覆われていた。
 まるで、ソラ達の心境を映しだしたかのような霧は明ける気配さえなく、ただどんよりと立ちこめている。視界を奪われ、前に進もうにも進むことが出来ず、ソラ達はほとほと困り果ててしまった。

「どうすんのさ、これ。いくら何もない砂漠とは言ったって、これじゃどうにもならないわさ」
「そうだよ。それに、下手に進んで僕らも幻になっちゃったら大変だよ」

 ピピンとアークが意見した。
 ソラは、しばらく考え倦ねる。
 しかし、どんなに思考を廻らせたところで、いい案など出るはずもない。

「でも、いつまでもここでこうしていたって仕方ないよ」
「だったら、霧が晴れるのを待ったらどうだい?」

 クックの提案に、ピピンとアークの顔が輝いた。ピピンもアークも、旅に嫌気がさしはじめていたのだ。ここらで少し、休息が欲しい――。
 しかし、その期待は即、セレブレイトによって打ち消された。
「俺はこの世界にいて久しいが、この砂漠に霧が出るなんて聞いたことがない。仮にそうなら、霧が晴れるとは言い切れない」
「いつまでも『このまま』っていうことかい?」
「――『その可能性はある』ということだ」

 そう言うと、セレブレイトは歩き出そうとした。
「どこへ行くの?」
「この先に、『仙人がいる』と聞いたことがある」

「――仙人?」

 ソラは首を傾げた。
「その人も、人間なの?」
「人間とは言えない。シャーマンと同じ、『人間を形取っただけの存在』さ。俺はそいつの意見を借りる。お前達は、そこにいたいというのならいればいい」
 そう言って前方に向き直ると、白い霧の中姿を消した。
「待って! 僕も行くよ!」
 ソラが後に続く。残る三匹も、慌てて後を追った。


 セレブレイトに続いて歩いていくと、前方にうっすら影が見えた。その影が次第に近づいてくるにつれ、建物の全景が窺える。
 それは、小さな庵だった。小さな――とはいえ、ソラ達小動物からすれば充分大きい。
 セレブレイトは扉前に立つと、コンコンとノックをする。すると、扉が重い音をたてて開かれた。
 見上げるとそこには、白い髭を長く垂らした老人が立っていた。眉毛も髭同様に長く、皺に包まれた目は開いているのか閉じているのかさえわからない。

「――おお。こんなところに『いのち』が! なんて素晴らしいことだ。お主(ぬし)たち、こんなところまでよく来たね」

 穏やかな声色に、ソラは小さく頭を下げて「こんにちは」と挨拶した。

「お主たちが、何故ここに来たかは知っておる。さぁ、入るがいい。話を聞いてあげよう」

 そう言うと、仙人はソラ達を中に招き入れた。
全員が中に入ると、パタリと音がして扉が自動的に閉まった。ソラを始めとする四匹は互いに顔を見合わせ、恐る恐る中へと足を踏み入れた。
 庵の中央に座り、ソラは今までの経緯を簡易に説明した。話を聞き終えた途端、仙人は「フォッフォッ……」と声をあげて笑った。

「なるほどのう。フクロウの知恵蔵めが、お主達に入れ知恵したか。でなければ深海砂漠に逃げ込むなど、そうそう思いつきはせんからのう」
「おじいさん、知恵蔵さんを知ってるの?」
「おお、ようく知っておるとも。儂も、シャーマンも、そして知恵蔵も、みな兄弟のようなものじゃからの。ちなみに、儂は『おじいさん』ではなく、『ガナルダ仙人』じゃ」
 何気なく名乗った仙人を気に止める様子もなく、ピピンが素っ頓狂な声をあげた。
「兄弟のようなものって――冗談でしょぉ? だって、シャーマンは筋肉質のごっつい兄さんだし、仙人はよぼよぼのおじいさんだし、その上、知恵蔵はフクロウだわさ」
「歯に衣着せぬお嬢さんよの。――いやはや、確かにその通り。見かけは儂らまったく違うが、それは『見かけだけ』で『中身は一緒』じゃ。いわば、分身のようなものなのじゃ」
「分身?」
「だが、それは儂らだけではないぞ。お主らも、みなそうじゃ。生命が肉体を纏っているから個別に見えるだけで、本来はすべてひとつなのじゃ。この世界は、とくにそれを強調しておる。おかげで、儂にはみんな同じに見えるぞよ」

 そのコメントに、みなピンと来ない表情だ。その中でも、一番怒りを顕わにしたのはピピンだ。
「じょ、冗談じゃないわさ! このうら若き乙女であるあたいが、アークやクックおばさんと一緒だっての? そんなん、やってらんないわよ。それに、みんなが一緒だったら恋することだって出来ないじゃないさ!」
「と、いうことは――ピピン、誰かに恋してるの?」
 ソラにすかさず突っ込まれたピピンは、グッ……と息を呑んだ。チロリ、とセレブレイトを窺い見た後、顔を真っ赤にしたままソラの頭をぽくりと殴る。
「……子供が生意気言ってンじゃないわさ」
 セレブレイトに聞こえないよう、耳元で囁いた。
 そんな二匹のやりとりを見て、仙人は体を揺らして笑う。
「お嬢さんの言いたいことは、ようわかるぞ。みんなが一緒だったら、確かに恋することも叶わぬからのう。だからこそ、みな様々な個性を持って生まれてきたわけじゃ」
 そう言いながら、口にくわえた煙管を外した。フゥーッと白い息を吐く。
「まぁ、そこら辺のことについては、儂がいちいち説明せんでも、ここから先に進めば自ずとわかることじゃ」
「だけど、おじいさん。あんなに霧が立ちこめちゃっては、前に進むことも出来ないよ」
「――おじいさんではない。『ガナルダ仙人』言うとるじゃろが!」
 仙人は煙管を逆さにしてポンと叩き、灰を落とした。

「ここはもともと、心が反映される世界じゃ。と、いうことはすなわち『心に霞みがかかっておれば、自ずと世界もそうなってしまう』――」
「じゃぁ、あたい達の心に霧がかかってるってこと?」
 仙人は大きく頷いた。
「そういうことじゃ。霧というのは、前方を進まなくさせる為にはいい手段だ。雨では体にこたえるし、雪も同様――霧はそれほどのデメリットがない。霧が立ちこめたということは、お主達が『先に進む目的を見失いかけている』というわけじゃ」

 その言葉は、グサリとソラの心に突き刺さった。
 それは、決して否定出来ない。旅だった頃は未来ちゃんやパパのいる世界を、人間の世界を守る為と意気込んでいたが、あまりに長く続く砂漠に心が疲弊してしまい、目的と手段が入れ替わってしまったのだ。

 自分の弱さを恥じるソラに、仙人は優しく語りかける。
「自分を責めるでない。そうなってしまうのは、せんないことなのじゃ。これは、お前さん達にとっては砂漠の旅じゃが、人間は『人生の中で』経験しておる。みな、目的をもって意気込んで誕生しても、やがて、生きることだけに疲れてしまい、何を目的としていたか見失ってしまう。しかし、それを見失うということは実に勿体ないし、哀しいことなのじゃ」
「――どうして、そんなふうになってしまうのだろう」
「世にあるすべてのものは『拡張と収縮』を繰り返しておる。それと同じで、高く掲げた目的の為に前進出来る時もあれば、後退しているように見えることもあろう。しかし、そのどちらもが同じ『進化の過程』なのじゃ。その日は後退しているように思えても、全体を見れば進化を遂げている――それを忘れんで全体を眺めておれば、おのずと目的も思い出せるものなのじゃがのう……」
「じゃぁ、全体を見なくなると、目的を見失っちゃうってこと?」
「まぁ、必ずしもそうとは言えんがな。だが、常に『自分は何者で、何を求め、どう生きていこうとしているのか』を意識出来る視点を持っていれば、目的を見失うことはまずないじゃろうて」
 仙人は言い終わると、「どっこらしょ」と腰をあげた。

「さて。お主達がここから先進むことが出来るかどうか、ひとつ試してみようかの」
「――試す?」
「そうじゃ。今、お主達は『旅の目的を再確認したい』と、そう思っておる。だから、それを確認する為の機会を与えてやろうというのじゃ」

 その言葉に、ソラ達の表情が明るくなった。
「ありがとうございます!」
「よかったぁ――。あたい、目的忘れてただただ歩くのは、ちょいとゴメンだったのよね」
「生憎だが、お嬢さん。儂は『思い出させる』のではなく、そのきっかけを与えてやるに過ぎん。思い出すのは、お嬢さん方、あんた達の努力次第だ」

 途端にピピンとアークが情けない声をあげる。
「ど、ど、どうしよう! 思い出せなかったら――」
「その時は、人間界に儂の力で戻してやるから、心配せんでええ」
 そう言うと、仙人は五匹の前に立ちはだかった。

「どうする? 試してみるか?」

 その問いは、ソラに向けられていた。ソラは力強く頷く。
「お願いします!」
「――よろしい」

 そう言った刹那。
 仙人は手にしていた杖を大きく掲げた。しばらく口先で呪文らしきものを唱えたあと「フンッ!」とかけ声をあげて杖を振り下ろした。
 それと同時。
 ソラの意識は、一瞬にして遠ざかっていった。

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