第25章 優しい海
  どのぐらいの時が流れただろう。
 不思議な感覚に起こされ、ソラは目を覚ました。
 それと同時に、そこが水の中であることを知った。
 だが、不思議なことに苦しくはない。水の中特有の圧迫感さえない。
 ただ、途方もなく濃い液体が自分を包んでいることだけを感じとる。

 ――でも、何故だろう。すごく気持ちいい。その上、懐かしい。

 ソラは抗うことなく、周囲の液体と一体化した。
 次第に、ソラをソラとして確立させていたすべてのものが、粒子となって液体に溶け込んでいくのを感じる。
 ソラは自分という個を失い、ぼんやりとした存在となって、液体の中にただ存在していた。

 ――不思議だな。ガナルダ仙人のところで自分を失った時はとても怖くて苦しかったのに、今こうして自分を失っていくのは、怖くも何ともない。苦しいどころか、とても安らかにさえ感じる。

 ソラは次第に、自分が犬でもなく、生物でもない、何かもっと異なる存在に生まれ変わっていくような気がした。
否。生まれ変わるというのではなく――溶け込んで「全体に還る」といった感覚だ。
 喩えればそれは、胎児が子宮の中に広がる羊水という名の海に浮かんでいるかのような、
そんな感覚。
 大いなる存在に抱かれているかのような、そんな安心感がソラを包み込む。
 そして、溶け込めば溶け込む程、個を失うと同時に様々な「こころ」と同化するのを感じた。そして、そこには大好きな仲間達の「こころ」もある。

 ――ピピン、アーク。クックに……ああ、ここにはパパも、未来ちゃんもいる。

 たゆとう海は、ただ静かに揺れている。
 海草もなく、魚もいない――しかし、そこには多くの「こころ」と「想い出」が詰まった、大きな海。

 ――みんな、ここで繋がってたんだ。動物、人間、植物の境なく、みんながここでは「ひとつ」になっている。

 その時。
 ソラは、不思議な光景を見た。
 ただ凪いでいた液体の中に、ぼんやりと景色が広がった。
 そこは広い草原で、その中央には立派な樹が枝を広げて立っている。樹は優しく景色を見守り、根元の小さな花達は満開に咲き乱れ、ゆらゆらと風に揺れている。

 ――あ。ここが、世界の中心だ。

 ソラは思った。
 しかし、液体に溶け込んでしまったソラは、その世界にたどり着くことが出来ない。どうすればそこに行けるのかと悩み倦ねいていた、その時。
 ソラは、何かが集まってくるのを感じた。
 それは、意志したソラの思いを実行させる為、何かが力を貸してくれているかのようだ。
 様々な粒子がやがて結晶化し、「ソラ」という個を創り上げたのだ。

 ――これは僕だ。一度液体に溶け込んだ僕だけど、また新たな粒子によって生まれ変わったんだ。

 不思議な感覚だ。
 それは、ソラが一時たりとも「同じソラではない」ことを証明していた。海の中で感じたソラの目的を果たす為に、新たな粒子達が新たなソラを生みだしたのだ。

 ――ありがとう。

 ソラは、誰にともなく語りかけた。

 ――僕、行くよ。神様に会いに。そして、未来ちゃん達人間や、セレブレイトさんを、助けてもらうんだ。

 そう決意した瞬間。
 ソラは、まぼろしのように揺らめく樹に引き付けられていった。

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