終章 未来への祈り
 ソラと仲間達――そして、尚人と平林が不思議な世界を旅してから、はや十五年の歳月が流れた。その十五年間は、尚人達だけではなく、地球にとっても大きな意味をもたらすものだった。

 尚人達が無事救出された晩、世界中で不思議な現象が起こった。
 世界中で一斉に、光の粉が舞い降りたのだ。
 それは、どこも例外などなかった。時間は昼だったり朝だったり、または夜だったりするも、どこの差もなく光の粉は降り注いだ。それはあたかも、「この地球上において差別など何もない」ということを、伝えるかのように――。

 それを境に、世界は変わった。
 何かが大きく変化したわけではないし、それをきっかけにすべてが解決したわけではない。いくつかの問題は残っていたし、悩みや困りごとも完全に消失したわけではなかった。
 しかし、人々の意識が少しずつでも「明らかに」変化していた。人々の意識が変わったことで、小さな身近なことが変わっていき、十五年を経た今、少しずつ社会へ──そして世界へと拡大を見せていた。

 人々は光の粉に触れてからというもの、「自分達が、孤立したただひとつの存在ではない」と思うようになった。
 目に見えない何かが自分達を繋いでいて、全体で見れば自分達が「ひとつ」であることを認識し始めた。

 立つ大地がひとつであるように、

 吸う空気がひとつであるように、

 頭上を覆う空がひとつであるように、

 自分達は個々別々に存在するわけではなく、

 この地球上に「大きなひとつの生命」として存在するのだということを自覚するに至ったのだ。

 地球は星一個の世界として目覚め、人々は共に手を繋いだ。

 争いも紛争も、完全に解決は出来ずとも、人々の祈りに応じて減少していった。

 小さな集団に固執することなく、大いなる意識の中で世界を感じるようになっていった。

 そして、何よりも――人類は、「自然への感謝」そして、自分を生み出してくれた「生命の源への感謝」を忘れないよう心がけた。
 自分達を生み、育んで来てくれた自然と、共に生きようと決意した。

 ――この星に生きるのは、自分達「人間」だけではない。
 無数の生命達が存在し、互いに助け合うのがこの星であり、地球の姿なのだから――。

 そして、人は思うのだった。
 自分達がただひとりの人間として誕生したわけではなく、繋がったひとつの生命体なのだということを――。
 ひとつの体の中に、多くの細胞がそれぞれの目的に応じた活動を展開していくのと同じようにして、自分達もまた、ひとつの生命体の一側面なのだと。

 もしかしたら――「神」という存在があるのだとしたら、自分達を包みこむ「大きな生命そのもの」のことを、言うのかもしれない……と。

* * *


 尚人達にとって、十五年という歳月は瞬く間に過ぎていった。
 少女だった未来も、いつしか自立した女性となり、父親同様に理想を追って海外に留学している。父と同じ轍を踏み自然環境を保護するための活動をしている未来を、尚人は誇りに思っていた。

 そして、十五年前には子犬だったソラも、今やすっかり年老いてしまった。
 犬の年齢で十五歳ともなると、人間にすればかなりの高齢だ。時折目を開けて、何か懐かしいものでも見るかのようにして声を漏らすソラを見ていると、ソラがどこか遠くに旅だってしまうのではないかと、尚人はそんな不安を抱いた。

 ――いや。人も犬も、死んで消滅するわけじゃない。魂に姿を変えて、いつまでも存在し続けるんだ。

 ふと、尚人の中に不思議な思いが蘇った。
 それは、もうずっと昔の記憶。大きな樹に、生命に溢れた世界。

 ――僕は、ソラと一緒にそんな世界を旅した記憶がある。

 しかし、それをどれほど考えてみても答えは出ない。
「ソラ。少し、散歩しようか」
 そう呼びかけると、尚人はソラと共に家を出た。


 茜色に染まる夕焼けの下で、ソラは項垂れるようにしゃがんでいた。背後のベンチでは、尚人が読書に耽っている。
 ソラは顔をあげ、辺りを見回した。

 ふと――。
 何か、不思議な感覚が過ぎった。

 初めて来たはずの公園だが、一度来たことがあるような気がしたのだ。
 白で統一された遊具に、中央の噴水。この造りに、何故か見覚えがある。それが一体いつの記憶かなど、ソラにはわからない。しかし、とても懐かしい思いが蘇ってきたのである。
 目の前にある噴水からは、水がコポコポと音をたてて湧き出ている。

 ――噴水。

 ソラの記憶の奥底に閉まったはずの想い出が、激しく心の扉を叩いた。

 ――公園の噴水。

 ──そう。確か、子犬の頃に立ち寄った噴水の水を飲もうとして、野良猫に邪魔されたことがあった。そして、その自分を「助けてくれた猫が、いたはず」だったけど――。
 そこから先のことが、ソラにはわからない。諦めて、再び眠りにつこうとした――その時。

 気がつけば、噴水の前にひとりの少年が立っていた。
 こちらに背を向け、肩まである黒髪を靡かせながらじっと俯いている。十歳前後のその少年を見た時、ソラの中に何かが過ぎった。

 ソラは立ち上がった。静かに、少年に近づいていく。
 少年は、近づくソラに気付いていないのかずっと背を向けたままだ。まるで、何かを考えているようにして、噴水を見つめている。

 ふと。
 ソラが少年の間近まで来た瞬間、少年も振り返った。
 そこにいたのは、凛々しい顔をした少年だった。その少年の左目から頬にかけて、大きな傷跡があった。

 その傷を見た瞬間。
 ソラの中で、在りし日の想い出が蘇った。 
 子犬の時、不思議な世界を旅した記憶。
 その時、仲間だった小さなウサギやフェレット、ニワトリ――。

 ――そして、左目に大きな傷を持つ大好きだった猫。

 彼は砂漠で、砂となって消えてしまった。
 でも、あの時こう言われたことを思い出す。
「彼は、新たな生命に生まれ変わったのだ」と──。

 その存在が、
 新しく生まれ変わった姿で、今、目の前に立っているのだった。

 少年も、唖然とした表情でしばらくソラを見つめていた。やがて、すべてを思い出したかのような表情で、笑顔を浮かべた。

 ソラの中で、すべての記憶が繋がった。
 懐かしい友が、脳裏の中に過ぎっていった。

 ──ピピン
 ──アーク
 ──クック
 そして、お母さん
 大好きな、セレブレイトさん

 僕とみんなを助けようとして、闇に呑み込まれたライオンさん
 知恵蔵さん
 ガナルダ仙人

 そして──生命の源を守る、優しい大樹。

 その瞬間、まばゆい程の光と七色の輝きが、ソラを包み込んだ。そして──大きくて優しい大樹が、ソラの想い出に蘇った。


「不思議だね」
 気がつくと、ソラの前に少年がしゃがんで座っていた。
「俺、君のこと知ってる気がする。君みたいな白い子犬と、ずっと一緒にいた気がするんだ」
 そう言って、少年はソラの頭を撫でた。
「──おいで。一緒に遊ぼう」
 立ち上がると、ソラを誘導するように歩き出した。ソラもその後について、ゆっくり歩き始めた。

 空には、茜色の夕焼けが広がっていた。
 生まれ変わった少年と、生まれ変わった世界を見守るように、オレンジ色の大きな太陽が辺りを包み込んでいた。




(完)
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